はじめに
イギリスのミッドランドを旅された方なら、コービー(Corby)という工業の町の名前を耳にされたことがあるかもしれません。でも、その町から北へほんの3キロほど、丘の上に千年以上の歴史を持つお城がひっそりと佇んでいると聞いたら、少し意外に思われるのではないでしょうか。
そのお城の名は、ロッキンガム城(Rockingham Castle)。今回は、この知る人ぞ知る名所を訪ね、城下にある歴史ある B&B に一泊し、さらにデイヴィッド・オースティンのバラのイベントにも参加するという、なんとも贅沢な一泊二日の旅に出かけてきました。
West Midlands の自宅から、車でわずか1時間あまり。これほど近くに、これほど豊かな時間が待っていたとは、うれしい驚きでした。
ロッキンガム城 ― 千年の歴史を歩く
ロッキンガム城のいちばん古い記録は、1086年に編まれた「ドゥームズデイ・ブック」にまで遡ります。かつてこの地は、ボヴィというサクソンの領主が治めていたと記されているそうです。さらにローマ時代の植民者が鉱山集落を築いた痕跡も残っていて、城の北側からはローマのコインや建材のかけらも見つかっているのだとか。歩いている足もとに、何層もの時間が重なっているのですね。
この高台の戦略的な価値に目をつけたのが、かのウィリアム征服王でした。ウェランド川を見渡すこの地に城を築くよう命じ、それから数百年にわたって、ここは王室の行政と狩猟の拠点として機能してきました。1095年には、ウィリアム二世がカンタベリー大主教アンセルムと全国の司教・貴族を集め、教会とローマ教皇への忠誠をめぐって議論した「ロッキンガム会議」が開かれた場所でもあります。イギリスにおける初期の国家議会的な集まりとして、歴史に名を刻んでいる土地なのです。
現在のオーナーの言葉が印象的でした。「ウィリアム征服王の命によって建てられたこの城は、450年ものあいだ、私の家族の住まいであり続けています」――これほど長く一族が住み継いできた城は、イングランドでも本当に稀なのだそうです。
実際、グレートホール(大広間)に足を踏み入れると、壁をぐるりと囲むようにご先祖の肖像画が並んでいて、息をのみました。何百年もの先祖たちと、毎日いっしょに暮らしている――そんな感覚なのだろうなと、妙に納得させられたものです。
ノルマン、中世、テューダー、ヴィクトリアと、それぞれの時代の建築様式が一つの建物の中で重なり合う外観は、見ているだけで飽きません。18エーカーにおよぶ庭園は、ただ歩いているだけで心が満たされます。城内には歴史的な家具や美術品に加えて、20世紀アートのコレクションも充実していました。そして文豪チャールズ・ディケンズがこの城をたびたび訪れ、小説『荒涼館(Bleak House)』に登場するチェズニー・ウォルドのモデルにしたことでも知られています。
4〜5月は日曜・祝日のみ、6〜9月は日曜・火曜・祝日に開園しています。ロンドンのセント・パンクラス駅からコービーまで約1時間の直通列車があり、駅からはタクシーが利用できます。
デイヴィッド・オースティン・ローズ・デー ― バラの専門家とともに過ごす一日
2026年6月24日(水) ロッキンガム城庭園にて
ロッキンガム城とデイヴィッド・オースティンのパートナーシップ
このイベントのことをお話しするには、まずその背景から触れておきたいと思います。2025年、ロッキンガム城は大規模な植え替えプロジェクトを完了しました。デイヴィッド・オースティン・ローズとのパートナーシップのもと、すべてのバラ花壇が、デイヴィッド・オースティンのシュラブ・ローズに植え替えられたのです。
ロッキンガム城のバラ園は、旧内廓(キープ)の遺構の中に設けられています。千年の石の遺構と、デイヴィッド・オースティンのバラ。この組み合わせは、ほかではなかなか出会えない、とても特別な空間でした。そんな庭を専門家といっしょに歩けるというのが、今回のイベントの醍醐味です。
13エーカーに広がる庭園は、テラス、クロス、ローズガーデン、ジュエル・ボーダーズ、そしてワイルド・ガーデンという5つのエリアに分かれていて、ハイブリッドティーからクライマーまで、実にさまざまなバラが城壁を彩っていました。
一日のプログラム
午前9時、庭園に集まったバラ愛好家たちが、ウェルカムドリンクで迎えられます。参加者は2つのグループに分かれ、トークとガーデンツアーを交互に体験していくという構成でした。
午前のセッション①
デイヴィッド・オースティン・ローズのシニア・ローズ・コンサルタントによる、特別な講話です。ブランドの歴史から、バラの育種にまつわる秘話、香りの世界、そして日常的な手入れの方法まで、実践的な内容を惜しみなく聞かせてくださいました。コンパニオンプランツ(伴植え)の選び方など、ガーデナーとしてすぐに役立つ知識もたくさん得られて、メモを取る手が止まりませんでした。
午前のセッション②
ガーデン・コンサルタントのケイト・トラーさんとデボラ・バーカーさんが率いるガーデンツアーへ。ハーバシャス・ボーダーは、ロバート・マイヤーズが2004年にデザインしたもので、イチイとツゲのヘッジで仕切られた「部屋」がいくつも連なる構造になっています。現在はケイト・トラーさんの協力のもと再生が進められていて、アジサイ、ウツギ(Deutzia)、ツリーピオニー、クニフォフィア、クロコスミア、ピオニー、サルビアなど、新しい植物が次々と加えられているそうです。
ボーダーの構造と色彩設計の秘密、土壌の選び方、植栽デザインの考え方――理論と実践がぴたりと結びついたお話で、自宅の庭づくりへのヒントにもあふれていました。
昼食(13:00〜)
ウォーカーズ・ハウス・ティールームで、2コースのランチをいただきました。同じバラを愛する参加者の方々との会話も、食卓を彩る大切なスパイスです。
とても新鮮なサラダに、ベジタリアンのキッシュ。トマトとマッシュルームと卵のハーモニーがすばらしく、ひと口ごとに笑みがこぼれました。
デザートは、久しぶりにいただくババロア。イギリス料理の定番デザートです。
参加して感じたこと
イベントの参加費は、おひとり £70。ウェルカムドリンク、専門家による2つのセッション、2コースのランチ、そしてガーデンツアーがすべて含まれていると考えれば、むしろ良心的なお値段だと感じました。
バラを介して人と出会い、城の庭園で言葉を交わす。たとえバラ愛好家でなくても、イングランドの初夏の庭に身を置くというのは、それだけで格別の喜びでした。わが家の庭(レイズドベッドやグリーンハウス)でも、今年からデイヴィッド・オースティンのシュラブ・ローズを試してみたい――そんな気持ちがふつふつと湧いてきました。
参加されている方は総じて親切で、向こうから気さくに話しかけてくださいます。そして何より、バラの専門家の方々の熱意に、すっかり感激してしまった一日でした。
ひと休み ― Lydia's Coffee Shop(グレットン村)
ローズ・デーが終わったのが午後2時ごろ。B&B のチェックインは16時なので、2時間ほど時間ができました。せっかくなので近くのカフェを調べてみると、評判の良さそうなお店を見つけました。
それが、グレットン村にある Lydia's Coffee Shop です。評価は4.7(65件)、ロッキンガム城から車で約8分。この日は10時から16時の営業でした。村の隠れた名店として知られているのだとか。
地元の方にも愛されている、村の暮らしの一部のような、温かみのあるカフェでした。ケーキはすべて自家製で質が高く、お茶とコーヒーの種類も豊富。村の小さな商店としての役割も兼ねていて、地域のコミュニティにとって大切な存在になっているのが伝わってきます。
1時間半ほど屋外のイベントに参加したあとだったので、冷房のきいた静かな店内で、ホームメイドのケーキ(ヴィクトリア・スポンジケーキ)とお茶をゆっくりいただく――この流れは、体への負担も少なくて、ありがたい休憩になりました。年齢を重ねると、こうした「ひと休みのタイミング」を上手に組み込むことが、一日を心地よく過ごすコツだなとつくづく感じます。
ロッキンガム城へ戻る道沿いにあるので、ルート的にも無理がなく、ちょうど良い寄り道になりました。
📞 +44 1536 772272
📍 30 High St, Gretton, Corby NN17 3DE
宿泊記 ― Castle Farm House B&B、350年の歴史が宿る一軒
城から徒歩圏内、ロッキンガム村のメインストリートに佇む Castle Farm House B&B。1674年ごろに建てられた由緒ある建物で、封建時代の面影を残す村のなかに位置しています。石造りの外壁に、重厚な木の扉。一歩足を踏み入れると、イングランドの田舎家そのものの空気にふわりと包まれました。
客室
広々としたキャッスル・ルームは、アンティーク家具が上品にコーディネートされていて、ベイウィンドウのソファからは庭園の美しい眺めが楽しめます。バスルームはスタンドアロン式のバスタブと独立したシャワーブースを備えていて、まるでもう一つの部屋のような広さでした。
朝食
翌朝の朝食も、心から満足のいくものでした。シリアルとヨーグルトに、フル・イングリッシュ・ブレックファスト。コーヒーとトースト、そして自家製のママレードが、これがまた絶品なのです。新鮮な食材をていねいに調理してくださっているのが、ひと口でわかりました。
ベッドの寝心地もよく、部屋もバスルームも完璧に清潔。Booking.com での総合評価は10点満点中9.6点、スタッフ対応にいたっては9.9点という驚きの高さで、コービーエリアで第1位の評価を誇るのも納得です。
📍 Main Street, Rockingham, LE16 8TG
チェックイン 16:00〜/チェックアウト 〜10:30/無料 WiFi・専用駐車場完備
夕食記 ― The Nevill Arms(Medbourne)、農場から食卓へ
2026年6月24日(水)夜 レスターシャー州メドバーン村
ロッキンガム城から車でわずか15分。メドバーン村の小川のほとりに、The Nevill Arms は静かに佇んでいます。ローズ・デーが終わったのは午後3時。いったん B&B に戻ってひと休みしてから、夕暮れどきに向かいました。村へと続く道には羊の群れ、石造りの農家、そして6月の長い日差し――これぞイングランドの初夏、という景色です。
駐車場に車を停めて、スタッドの打たれた重厚なオーク材の扉を開けると、石造りの建物の内部がゆったりと広がっていました。
歴史と現代の融合
1863年に建てられたテューダー様式のパブで、オーク材の梁の天井や鉛格子の窓など、歴史的な特徴が随所に残されています。2022〜2023年に大規模なリノベーションが行われ、昔ながらの風情を保ちながら、現代的でシックな質感が加えられました。タイムズ紙はこの店を英国でもっとも居心地の良い場所のひとつに数え、デイリー・メール紙は「英国ベスト100パブ」に選んでいるのだそうです。
バーにはバンケットシートが並び、壁には地元アーティスト、ポール・ライトの作品が掛けられています。蛇口からは、地元産のリアルエールが注がれていました。
農場から食卓へ ― Belted Galloway の肉
Nevill Arms のいちばんの個性は、その食材の出どころにあります。グレート・イーストンに自家農場を持ち、ベルテッド・ギャロウェーをはじめとする希少な在来種の牛・羊・豚を育てている――farm-to-fork(農場から食卓へ)を、文字どおり実践しているお店なのです。
メニューには、タンドーリ・スパイスのカリフラワー・ステーキや、自家農場産ベルテッド・ギャロウェーのリブアイなど、地元の季節の食材を使った創造的な料理が並びます。シェフの腕は一流で、その創作性、味つけ、食材の選び方には、ただただ唸らされるばかりでした。そしてスタッフの方々のホスピタリティも、最高級です。
ジョスパー・バー&グリル ― 6月の特権
春から夏にかけては、中庭にジョスパー(炭火オーブン)を使ったアウトドアのバー&グリルがオープンします。オリーブの木とラベンダーが植えられた、地中海を思わせる雰囲気の空間です。
6月の初夏、夜9時近くまで明るいイングランドの空の下で、炭火の香りと庭の花の香りがふわりと混ざり合いました。昼間にローズ・デーで嗅いだデイヴィッド・オースティンのバラとはまた違う、野生的で素朴な香り。同じ一日のなかで、こんなにも違う香りに出会えるとは思いませんでした。
川辺の座席エリアからは、メドバーン・ブルックのせせらぎが聞こえてきます。食後にそこで過ごす時間は、旅の疲れをそっと洗い流してくれるようでした。
ロッキンガムへ戻る車のなかで、今日一日を振り返りました。バラの専門家の言葉、城の庭園の色彩、そしてこの農場直送の夕食――そのすべてが、一つの物語のようにつながっていたのです。
📍 12 Waterfall Way, Medbourne, LE16 8EE
📞 +44 1858 565288
🌐 nevillarms.co.uk
旅を振り返って
千年の城、350年の宿、そしてイングリッシュ・ローズ。コービー近郊に、これほど重層的な体験がぎゅっと凝縮された場所があるとは、思ってもみませんでした。
West Midlands の自宅から1時間あまりの小さな旅が、これだけ豊かな時間をもたらしてくれる。イギリスという国の奥深さには、何年暮らしても驚かされてばかりです。
無理のないスケジュールで、こまめに休憩をはさみながら、好きなものをゆっくり味わう。年齢を重ねたからこそ味わえる旅の楽しみ方を、またひとつ見つけられた一泊二日でした。
📍 Rockingham Castle:Market Harborough, LE16 8TH / 🌐 rockinghamcastle.com
📍 Castle Farm House B&B:Main Street, Rockingham, LE16 8TG / 🌐 castlefarmhouse.net
(本サイトはAmazon.co.jpを宣伝しリンクすることによって紹介料を獲得できるAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です)
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