🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)

この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。

65歳でリタイアしてから、このブログを本格的に育て直すことにしました。その過程でいちばん手こずったのが、Google AdSense の審査です。

結論から言えば、承認されるまでに不承認を3回受けました。しかもメールの文面は3回とも一字一句同じで、どこが悪いのかは一切書かれていません。相手の顔も理由も見えないまま、手探りで直し続けた数か月でした。

同じところで足踏みしている方の役に立てばと思い、何をしたのか、何が遠回りだったのかを正直に書いておきます。


そもそも、何がいけなかったのか

最初の不承認理由は「有用性の低いコンテンツ」でした。150本以上の記事があるのにです。腹立たしくもあり、情けなくもありました。

AIに手伝ってもらって調べた結果、原因は2つありました。

1つめは、記事に固有のURLが無かったこと。

当時のサイトは、記事をクリックするとモーダル(重ねて出る小窓)で本文が開く作りでした。見た目は今風ですが、URLは /?article=64 のような形で、記事ごとの独立したページが存在しません。Googleから見れば「トップページ1枚しかない、中身の薄いサイト」だったわけです。読者には見えていたものが、機械には見えていなかった。

2つめは、旧サイトとの重複でした。

以前使っていた WordPress のサイトが生きたままインデックスされており、同じ文章が2つのドメインに存在している状態でした。どちらが本物か、Googleには判断がつきません。

つまり私は「中身が薄くて、しかもよそのコピーに見えるサイト」を審査に出していたのです。落ちて当然でした。

濃い霧の中から飛び石の道が伸び、手前の石から一つずつ小さな灯りがともりはじめ、奥に見える灯った窓へと続いている様子を描いたイラスト

モーダルの奥に隠れていた記事の一つひとつに、独立した灯りをともしていくイメージです。霧の中の飛び石も、手前から一つずつ灯していけば、次の一歩がはっきり見えてきます。


AIと一緒に直したこと

ここからが本題です。私はプログラマーではありません。それでも直せたのは、Claude と対話しながら一つずつ進めたからです。

すべての記事に、独立したページを与えた

154本の記事を、日本語版と英語版それぞれの静的ページとして生成し直しました。合計308ページ。各ページに固有のタイトル・説明文・canonical・hreflang を持たせ、モーダルの使い勝手は残したまま、カードのリンク先を実URLに変えました。

これがいちばん大きな工事でしたが、やってみると「一度仕組みを作れば、あとは記事を書くだけで自動生成される」形にできました。手作業でページを増やしていたら、今頃まだ終わっていません。

旧サイトから、きちんと引っ越した

旧サイトの記事URLから新サイトへ、143件の301リダイレクトを設定しました。「タイトル+公開日」で機械的に突き合わせ、98.6%が自動で一致。残りだけ手で確認しました。

旧ドメインは失効させず、1年更新しています。切ってしまうと、これまでリンクしてくださった方の行き先が消えてしまうからです。

消えかけていた画像2,771枚を救出した

引っ越し後、本文中の画像が全滅していることに気づきました。旧サーバーを参照していたためです。ドメイン経由でもサーバー名経由でも取得できず、最後はFTPで直接ダウンロードしました。2,771枚のうち2,770枚を回収。残る1枚は、そもそも存在しないファイルでした。

切れていた記事を、アーカイブから掘り出した

一部の記事が導入文だけで終わっていました。調べると、当時は続きを別サイトに分けて載せていたのです。そのサイトはすでに削除済み。

諦めかけましたが、Wayback Machine(インターネットアーカイブ)に全文が残っていました。8記事すべてを復元できたときは、正直なところ小さくガッツポーズをしました。

連絡先と免責事項を作った

3回目の不承認のあと、あらためてサイト全体を点検して気づいたことがあります。

このサイトには、連絡手段がひとつも無かったのです。

「お問い合わせ」と書かれた場所はありましたが、実体はメールマガジンの登録欄でした。メールアドレスはサイトのどこにも書かれていません。読者からも、審査する側からも、私に連絡する方法が無かったわけです。

お問い合わせページと免責事項ページを新設し、独自ドメインのメールアドレスを公開しました。


落とし穴だった話を2つ

AIの提案が、目的と逆を向いていたこと

メールアドレスを載せるとき、AIは最初「JavaScriptで組み立てて表示する方式」を提案してきました。理由は「クローラーにアドレスを見られずに済むから」。技術的には正しい提案です。迷惑メール対策としては定石でもあります。

でも、今回の目的は審査する側とクローラーに連絡先を見せることでした。真逆です。

結局、HTMLに実テキストで書き、JavaScriptはリンク化だけに使う方式にしました。AIの提案は賢いのですが、賢さと「今の目的に合っているか」は別物だと学びました。

プレビューでは合格、本番では不合格

そのメールアドレス、プレビュー環境では平文で表示されていました。ところが本番ドメインで確認すると、暗号化された文字列に置き換わっている。

Cloudflare の「メールアドレスの難読化」機能が、配信時にHTMLを書き換えていたのです。JavaScriptでの難読化を避けた努力が、別の場所で打ち消されていました。設定をオフにして解決しましたが、最後は必ず本番の生のHTMLを取得して確かめることを、身をもって覚えました。


いちばんの遠回り:アカウントを作り直した話

これは私の特殊事情ですが、参考までに。

私は日本国籍で、英国に住んでいます。AdSenseのお支払いプロファイルが日本で作られていたため、英国の租税条約が適用できませんでした。

プロファイルの国はあとから変更できません。国ごとに別のプロファイルが必要で、既存のアカウントを付け替える操作も管理画面には存在しませんでした。

サポートに問い合わせ、案内に従って旧アカウントを閉鎖し、英国住所で新しいアカウントを開設。ここで数か月を使いました。未払い残高は失いましたが、金額が小さかったのが不幸中の幸いです。

海外に住んでいて、これからAdSenseを始める方へ。最初に居住国のプロファイルで作ってください。あとから直すのは、想像よりずっと大変です。


66歳の私が学んだこと

技術的な話より、こちらのほうが役に立つかもしれません。

不安は、事実で確かめる。 「健康記事はYMYL領域だから登録されないのでは」「広告コードが入っていないのでは」——不安はいくらでも湧きます。ですが実際に確かめると、どれも外れでした。未登録記事はインデックス登録をリクエストしたら数分で全部通りましたし、広告コードはきちんと入っていました。憶測で修正すると、直っているものを壊します。

管理画面の文言は、当てにならない。 「プログラムポリシーを遵守する」というチェックボックスは自己申告であって、審査項目ではありません。何が問題かは、どこにも書かれていないのです。書かれていないものを読もうとして疲弊するより、自分で点検する項目を決めたほうが早く進みます。

まず調べる。1〜2件で試す。確認してから全体に適用する。 308ページを一気に書き換えて失敗したら、戻すだけで一日が終わります。この順番を守るようになってから、やり直しが激減しました。

区切りをつけて、休む。 これがいちばん大事かもしれません。集中力も記憶力も、若い頃のようにはいきません。夢中になって何時間も画面に向かった翌日は、判断力が落ちているのが自分でも分かります。実際、古いスクリーンショットを最新のものと勘違いして、半日を無駄にしたこともありました。

頑張る時間と休む時間のリズムを作ること。これは健康寿命の話でもありますが、作業の質の話でもあります。


おわりに

承認のメールが届いたとき、飛び上がって喜んだかというと、そうでもありませんでした。「ようやくスタートラインに立てた」という、静かな安堵のほうが大きかったです。

広告が出ることそのものより、この数か月でサイトが本当に読みやすくなったことのほうが、私には価値がありました。記事に独立したURLができ、消えていた画像が戻り、切れていた文章がつながり、連絡先ができた。読者の方に対して、やっと胸を張れる状態になったのです。

AdSenseの不承認は、腹の立つ出来事です。でも振り返れば、「サイトをきちんと作り直せ」という、まっとうな宿題でもありました。

もし今、同じ画面の前でため息をついている方がいたら。理由が書かれていない不承認メールは、あなたのサイトを否定しているのではなく、まだ見えていないだけかもしれません。見えるようにしてやれば、道は開きます。

この記事は私個人の体験の記録です。同じ手順を踏めば承認されることを保証するものではありません。AdSenseの審査基準やポリシーは変更されることがありますので、最新の公式情報をご確認ください。

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

見えていなかったものが見えるようになる、という今回の顛末を思うと、静かな言葉の光を重ねた俳句と聖書の一冊を、あらためて開きたくなります。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

こちらも、66歳になって経験した、原因の見えにくさに手探りで向き合った記録です。

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『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

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