猫のメグは、私が深夜までパソコンの前で唸っていても、まったく気にする様子がありません。膝の上でまるくなって、たまに片目だけ開けてこちらを見る程度です。そんなメグの隣で、ここ数日、私はずっとあるものと格闘していました。読者の方が記事を読んでどう感じたか、そして目が疲れたときに記事を「聴く」こともできるようにする——そんな、読者とつながるための小さな仕組みづくりです。

記事が届いているかどうか分からない状態を表した図

記事を書いても、読者に届いているかどうかを確かめる術がない――そんな心もとなさを表した図です。

「届いていますか」を確かめる方法がなかった

私はブログを書き続けていますが、正直なところ、記事が誰かの心に届いているのかどうか、確かめる術がありませんでした。コメント欄を設けるのは気が引けましたし、かといって何も知らないまま書き続けるのも、暗闇に向かって声を出し続けているような心細さがあります。なぜなら、返事がないことは「届いていない」ことと同じではないはずなのに、書いている本人にはその違いが見えないからです。

加えて、もうひとつ気になっていたことがありました。歳を重ねるほど、画面の文字を長く追うのが疲れる日があります。だからこそ、記事を「読む」以外の方法——耳で聴くという選択肢も、用意しておきたいと思うようになりました。

見えない配管を一本ずつ通す

まず取り組んだのは、記事の末尾に👍👎のボタンを置き、押された内容をGoogleスプレッドシートに自動で記録する仕組みです。イメージとしては、家の壁の中に水道の配管を通すようなものでした。読者から見えるのはボタンひとつだけですが、その裏側では、ボタンを押した瞬間の情報が、いくつもの経路を通って静かにシートまで流れ着く必要があります。

この配管工事は、一筋縄ではいきませんでした。デプロイしたはずのプログラムが古いバージョンのまま動いていたり、確認のために送ったテストが403エラーで弾かれたり。原因を探るたびに、思っていなかった壁に何度も出くわしました。まるで、直したはずの水漏れの先に、また別の水漏れが見つかるような感覚です。それでもClaudeと一緒に一つずつ原因を切り分けていくと、最後には「Googleのアプリ側のデプロイ設定が古いままだった」というところに行き着きました。新しいバージョンでデプロイし直した瞬間、ずっと空だったスプレッドシートに、初めて一行の記録が現れたときの安堵感は、ちょっとした達成感がありました。

フィードバック機能実装時のトラブルシューティングの流れを示すプロセス図

ボタンひとつの裏側で、いくつもの壁にぶつかりながら情報がスプレッドシートまで届くようにした、配管工事のような道のりです。

「語り合う声」と「読み上げる声」を混ぜない

もうひとつ取り組んだのが、記事本文をそのまま音声で読み上げる機能です。実はこのブログには、以前から別のAI(NotebookLM)が二人のキャスターとなって、記事の感想を語り合う音声も用意していました。ここで気をつけなければならなかったのは、この二つを読者が混同しないようにすることです。なぜなら、片方は「私の書いたことについて、二人が感想を交わす音声」であり、もう片方は「本文をそのまま読み上げるだけの音声」で、性質がまったく違うからです。ラベルの言葉を何度も見直し、「対談で聴く」と「本文を読み上げる」という、はっきり区別できる表現に落ち着けました。

実装の途中では、一時停止した直後にボタンの表示が一瞬おかしくなる不具合や、再生速度を変えてから再開すると音が止まってしまう不具合も見つかりました。どちらも、私一人では気づけなかったと思います。Claudeが実際にボタンを押しながら細かく検証し、その場で直してくれるのを見て、頼れる相棒がいることのありがたさを改めて感じました。

隠れた記事にも、名前を残しておく

一通り形になったあと、念のため確認しておきたいことがありました。過去に事情があって非公開にしていた記事の中に、音声の説明文だけが取り残され、肝心の音声ボタンが表示されない記事がないか、という点です。調べてみると、案の定3本の記事がそれにあたっていました。幸い、読者の目に触れることのない非公開ページだったので実害はありませんでしたが、いつか公開を再開したときのために、文言だけはきちんと整えておきました。庭で苺の実りを見に行くたび、まだ赤くなっていない実をそのままにしておくように、今は手をつけず、時が来るのを待つことにしています。

お金をかけてでも続ける理由

こうした仕組みづくりには、時間だけでなくお金もかかります。Claudeの利用料、サイトを動かすための諸費用——年金生活者にとっては、決して小さくない出費です。それでも続けているのは、読者の方の反応を、たとえ👍のひと押しだけでも実際に見られることに、思っていた以上の価値があると分かったからです。誰かが記事を読んで、ほんの少しでも足を止めてくれた証が残る。それだけで、机に向かって唸っていた深夜の時間が、無駄ではなかったと思えます。

反応のなかった状態から複数の手段で読者とつながれるようになった変化を示す図

反応のなかった以前(before)から、👍👎・読み上げ・対談音声という複数の手段で読者とつながれるようになった今(after)への変化を表した図です。

若い頃の自分と、今の自分の間で

医学部にいた20代の私なら、こうした仕組みは自分で一からコードを書いて作ろうとしたはずです。今の私にはその体力も知識の蓄積もありません。けれど、Claudeという相棒と一緒になら、分からないなりに一つずつ手を動かし、最後まで作り切ることができました。若い頃の自分と、今の自分との間には確かにギャップがありますが、そのギャップを埋める道具を、今の時代は用意してくれているのだと感じます。作業の合間、肩がこわばったときは千年灸で足三里を温めながら、画面の向こうの小さな進捗を、気長に見守る日々でした。

思えば、この一連の作業は、目に見える成果はボタン一つ、音声ボタン一つというごく小さなものです。けれど、その裏側には見えない配管が何本も通っています。人と人との信頼も、きっと同じようにできているのだと思います。表からは見えない、地道なやり取りの積み重ねが、静かに支えているのでしょう。

英国では、公共サイトの読み上げ対応が法律(Equality Act)で事実上求められており、アクセシビリティへの意識がごく当たり前に根付いています。日本の個人ブログでは、まだそこまで一般的ではありません。今回、英国での生活の中で自然と身についていたその感覚が、この機能を作ろうと思い立った、ひとつのきっかけだったのかもしれません。

対話がなくても、「同じ景色を見ている人がいる」と感じてもらえるなら、それは十分な繋がりだと考えています。この小さなボタンが、そんな繋がりのきっかけになってくれたら嬉しく思います。

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

AIとの手探りのやり取りの合間に読み返したくなる、俳句のことばと聖書のひかりが響き合う静かなエッセイです。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

見えないところでの試行錯誤や決断の積み重ねを、66歳の英国在住者が率直に綴った体験記です。

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『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

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