🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)

この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。

2026年9月12日、大きなニュースが飛び込んできました。生成AI企業アンソロピックのCEOが、業界全体に向けて「最先端のAI開発をあえて減速すべきだ」と呼びかけたのです。しかも、対応を誤れば半年から1年以内にインターネット全体が自律的なAI群に乗っ取られかねない、という踏み込んだ警告つきでした。競合企業のトップたちまでもが、次々とこの考えに賛同を示したと聞いて、私は正直なところ、少し足元が揺らぐような感覚を覚えました。というのも、私自身がここ半年ほど、まさにそのアンソロピック社のClaudeという生成AIを相棒に、ブログの技術的な刷新や投資調査の下ごしらえを進めてきたからです。作っている当人たちが「少し待ってくれ」と言い出す。この記事では、そのニュースをきっかけに、66歳の私がClaudeとどう歩んできたかを、あらためて振り返ってみたいと思います。

AIの進化速度と人間の適応速度の乖離を示す図

技術の進化曲線と、私たちの理解や制度が追いつく曲線。その差がどれだけ開いているかを表した図です。

65歳でリタイアするまで、私にとってAIは縁のないものだった

長年、机上のデータよりも、目の前の人と直接向き合うことを仕事にしてきた私にとって、生成AIというものは、正直なところ長らく「若い世代の道具」でした。2025年にリタイアするまで、パソコン仕事は最低限こなす程度で、コードを書くという発想そのものがありませんでした。なぜそう感じていたかというと、これまでの仕事はすべて、人と直接会って、手と舌と鼻を使って判断する仕事だったからです。厨房の火加減も、患者さんの脈も、画面の向こうのAIには測れないものだと思い込んでいたのです。

手探りで試してきたこと

2026年になってClaudeを知り、adventures-after60.comというブログの大規模な刷新を任せてみようと思い立ちました。最初はビルドスクリプトという言葉の意味すら分からず、指示のたびに見当違いの結果が返ってくることもありました。それでも一歩ずつ、温室のきゅうりの生育記録をどう二か国語で残すか、投資調査のレポートをどう分かりやすく組み立てるかを、Claudeとやり取りしながら試してきました。なぜこの回り道を続けられたかといえば、失敗のたびに「何が起きたのか」を尋ねると、Claudeがその都度、理由まで含めて説明してくれたからです。理由が分かれば、次にどう指示すればよいかが見えてきます。この繰り返しが、私にとっての学びそのものでした。

Claudeとの試行錯誤の循環を示すプロセス図

質問する→答えが返る→試してみる→結果を見て次を考える、という循環を繰り返しながら少しずつ前進してきた過程です。

医学部で学んだ「制御を失う」という感覚

医学部にいた5年間、私は病気そのものよりも、体の中の仕組みが少しずつ均衡を崩し、やがて自分では止められなくなっていく過程に興味を持っていました。今回のニュースで語られている「AIが自らを改良し、人間の介在なしに能力を伸ばし続けている」という状況は、私にはあの頃学んだ、がん細胞が増殖していく挙動とどこか重なって見えます。なぜなら、どちらも「最初の小さな変化には気づきにくく、気づいたときにはすでに制御が難しくなっている」という共通点があるからです。仏教には五蘊盛苦という言葉があります。心と体を形づくる五つの働きが盛んになりすぎることそのものが苦しみになる、という考え方です。技術の進歩そのものは悪いことではないはずなのに、それが盛んになりすぎることで、かえって人を苦しめかねない。今回のニュースを読んで、私はふとこの言葉を思い出しました。

英国と日本、受け止め方の温度差

英国に住んでいて感じるのは、AIのリスクをめぐる報道の温度が、日本とは少し違うということです。英国のメディアでは、雇用や著作権への影響が語られることが多く、今回のような「制御不能」そのものへの警告は、どちらかというと専門家コミュニティの中で先に広がった印象があります。一方、日本の報道では、経営トップ自身の言葉――冒頭で触れた「半年から1年以内にネットが乗っ取られかねない」というあの警告――として、より生活実感に近い形で伝えられているように感じます。どちらが正しいということではなく、英国では雇用や著作権への影響という切り口から、日本では経営トップ本人が発した警告という言葉の重みから語られる――同じ出来事でも、どこに焦点を当てるかでここまで報じ方が変わるのだと、二拠点生活をしているからこそ気づけたことです。

じゃがいもが教えてくれたこと

我が家のRaised Bedでは、今年はじゃがいもを育てていました。地上の葉だけを見ていても、土の中で何が起きているかは分かりません。掘り起こしてはじめて、思っていた以上に大きく育っていたり、逆に病気にやられていたりすることに気づきます。生成AIの内部で起きていることも、これによく似ていると思うのです。使っている私たちには、答えが返ってくる仕組みの中身が直接は見えません。だからこそ、今回のように開発する側が自ら「掘り起こして確認する時間が必要だ」と言い出したことには、それ自体に意味があると感じます。

AIに対する認識の変化を示す図

「便利な魔法の箱」という捉え方から、「手綱を握りながら使う道具」という捉え方への変化を表した図です。

生成AIとの学びが、老後の私に与えているもの

この学びは、私の老後の心と体の整え方そのものに関わっています。分からないことを一つずつ理解していく過程は、体を動かす運動と同じように、頭をきちんと使わせてくれるからです。もちろんタダではありません。時間はかかりますし、失敗して直すやり取りに費やす労力は、年金生活者にとって決して小さなものではありません。それでも続けているのは、お金には換えられない手応えがあるからです。今回のニュースを読んで学んだこと、光線療法を日々の健康管理に取り入れる中で得た「体の中の見えない働きに目を向ける習慣」――当てている最中から体がじんわり楽になり、リラックスできるのは分かっても、その奥で血流や細胞にどんな変化が起きているかまでは目に見えない、あの感覚のことです――が、そのままAIという見えない仕組みへの向き合い方にもつながっている、という新しい出会いがありました。技術そのものとの出会いだけでなく、この技術をめぐって声を上げた人たちの存在を知ったこと自体も、私にとっては老後の視野を広げてくれる出来事でした。

それでも、書き続ける理由

50代の頃には、新しいことへの意欲と、変化そのものへの億劫さが同居していたのを覚えています。66歳になった今も、その感覚は形を変えて残っています。それでも私は、こうして記録を残すことをやめるつもりはありません。反応をもらうことを目的とせず、ただそこに記録があること自体が、誰かにとっての小さな灯りになればと思っています。AIの進化を止めるかどうかは、私が決められることではありません。けれど、その進化とどう付き合うかを一つずつ試し、記録していくことは、今の私にできる、ささやかな伴走のかたちだと思っています。

『【新装版】スーパーインテリジェンス(上) 超絶AIと人類の命運』ニック・ボストロム (著) 単行本はこちら

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(Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。)

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

AIとの向き合い方を考えるかたわら、俳句のことばと聖書の光を行き来しながら綴られた静かなエッセイです。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

大阪での両眼の白内障手術を、英国と日本の二拠点生活を送る66歳の視点から、率直に綴った体験記です。

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『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

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