🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)
この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。
この曲を意識して聴くようになったのは、やはり20代の頃でした。人生の進路を大きく見直し、ロンドンに渡って日本食レストランで働き始めたあの時期、先の見えない不安を感じていなかったと言えば嘘になります。当時、中島みゆきさんの「時代」は、テレビや街のあちこちで自然と耳に入ってくる曲でした。今がどれほど辛くても、時代というものは巡っていく——そのメッセージを、あの頃の私はどこか自分とは関係のない、遠い話のように聞き流していたように思います。
あらためて驚かされるのは、中島さんがこの曲を発表したのが、まだ23歳のときだったという事実です。人生の浮き沈みを、まるで遠くから見下ろすような視点を、あれほど若くしてすでに持っていたのだと知ると、感慨深いものがあります。悲しみも喜びも、いつか必ず巡ってくる。それを若さのただ中で見抜いていたのだとしたら、それは並外れた感性だったのだろうと思わずにいられません。20代の私には、そこまで遠い時間軸で自分の人生を眺める余裕は、とてもありませんでした。

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20代の頃には持てなかった発想
仏教でいう「生老病死」のうち、20代の頃の私が一番遠ざけていたもう一つの一文字は「病」でした。健康であることは当たり前で、体調を崩すことは単なる不運な出来事としか捉えていませんでした。しかし66歳になった今は違います。体調の波もまた、季節や時代と同じように、巡ってくるものなのだと感じるようになりました。悪くなる時期があれば、必ずまた持ち直す時期が来る。病を人生からの逸脱として恐れるのではなく、大きな巡りの一部として受け止められるようになったこと自体が、歳を重ねて得た視点なのだと思います。
生命をめぐる小さな問い
日本食ビジネスを世界各地で立ち上げ、鍼灸や漢方の仕事にも携わり、不動産や株式への投資も経験して、2025年、65歳を機にリタイアしました。ロンドン近郊と大阪を行き来する今の暮らしの中で、健康寿命をどう伸ばすかを考える時間が、以前よりずっと増えました。20代の頃には「巡ってくる」という言葉を、なんとなくでしか理解していませんでした。今は違います。事業がうまくいかなかった時期も、大切な人との別れも、体調の変化も、すべてが確かに巡りながら、今の私という人間を形づくってきたのだと、実感を持って頷くことができます。
投資の世界に身を置いていると、「相場は巡る」という感覚は、この曲のメッセージとどこか重なるものがあります。英国で暮らしていると、景気の波を比較的淡々と受け止め、次の巡りを待つ空気を感じることが多いのですが、日本ではその波にもう少し敏感に、感情ごと反応する傾向があるようにも思います。どちらが正しいということではなく、巡るものへの向き合い方にも、お国柄が表れるのだと感じています。
正直に言えば、60代に入ってからは、血圧やコレステロールといった数値の管理が必要になり、健康診断の結果を以前より気にかけるようになりました。リタイアしてからは、「毎日が日曜日」のような感覚の中で、生活リズムを見失いそうになる瞬間もあります。それでも、こうした変化を隠さずに言葉にしておくことには意味があると思っています。顔も名前も知らない誰かと、経験だけを通じて繋がっている。そんな静かな連帯があってもいいと、私は考えています。
66歳の今、聴こえてくるもの
もう一つ、この曲について個人的に興味深いのは、中島さんが23歳という若さで、この巡りの感覚をどこから得たのだろうか、という点です。ご自身の経歴を知ると、市議会議長を務めた祖父、医師である父という家庭で育ち、幼い頃から年長者の生き様を間近で見つめてきた方だとわかります。巡る時代の知恵は、必ずしも自分自身が長く生きた経験からだけ生まれるのではなく、身近な年長者を注意深く観察することからも、若くして受け継がれ得るものなのかもしれません。そう考えると、この曲は、中島さんご自身の経験というよりも、世代を超えて受け継がれてきた観察の結晶だったのではないかとさえ思えてきます。
谷川俊太郎さんと中島みゆきさんの対談集『終わりなき対話 ―やさしさを教えてほしい―』を読み返したのも、ちょうどこの曲について考えていた時期でした。詩人と歌い手、それぞれの言葉で紡がれる対話の中に、この曲に通じる「巡り」への静かな眼差しを見つけることができます。よろしければあわせてどうぞ。 Kindle版 単行本
むすびに
「時代」が歌っているのは、単なる慰めの言葉ではなく、人生そのものの構造なのだと、66歳になった今、あらためて思います。悲しい時代の後には、また笑える時代が来る。それは楽観論というより、長く生きてきた者だけが実感できる、静かな確信なのかもしれません。これから先も、身体も記憶力も少しずつ変化していくでしょう。それでも、良いことも悪いことも、すべては巡っていくものだと知っている今の私には、20代の頃にはなかった、ある種の落ち着きがあります。「時代」を聴くたびに、私はそのことを思い出させてもらっています。人生は、生きるに値する。この一曲が、静かに、しかし確かに、そのことを教えてくれています。
参考リンク
歌詞を読む(歌ネット):https://www.uta-net.com/song/2416/※歌詞は外部の歌詞データベースサイトでお楽しみください。
ほかにも、こんな本があります
よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。
『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』
一つの歌が世代を超えて歌い継がれるように、俳句のことばもまた読み継がれ、読むたびに違う光を見せてくれます。これは私の義父の遺作です。
Amazonで見る中島みゆきさんについて(プロフィール・経歴)
中島みゆきさんは、1952年2月23日、北海道生まれ。祖父は帯広市議会議長を務めた人物、父は北海道帝国大学医学部出身の産婦人科医という家庭に育ちました。帯広柏葉高校を経て藤女子大学文学部国文学科を卒業し、学生時代からフォークソングのコンテストに数多く出場する「コンテスト荒らし」として知られていました。
1975年、シングル「アザミ嬢のララバイ」で23歳にして歌手デビュー。同年発表した2作目のシングルが、まさに「時代」でした。この曲は日本武道館で開催された世界歌謡祭にてグランプリを受賞し、中島さんの名前を一躍知らしめることになります。
その後も「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「地上の星」など、時代を代表するヒット曲を次々と生み出しました。中島さんは、1970年代から2000年代までの4つの年代にわたってオリコンシングルチャート1位を獲得した唯一のソロアーティストであり、他アーティストへの楽曲提供も含めれば5つの年代で1位を記録するという、類まれな記録を持っています。
1989年からは、原作・脚本・作詞作曲・演出・主演のすべてを自ら手掛ける舞台作品「夜会」をスタートし、以降ライフワークとして継続。歌手活動にとどまらず、女優、ラジオパーソナリティ、文筆家としても幅広く活躍してこられました。2009年には、その功績が認められ紫綬褒章を受章しています。
デビューから50年を経た現在も、精力的に音楽活動を続けておられ、「時代」は今なお、世代を超えて歌い継がれています。