🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)

この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。

曲との出会い

この曲を初めて聴いたのは、私がまだ20代の頃でした。当時の私は、人生の進路を大きく見直したばかりで、これからどう生きていこうかと、はっきりした答えの出ないまま毎日を過ごしていたように思います。何かに立ち止まり、何かに戸惑いながらも、そばにいてくれる人がいる。ただそれだけで、なんとか前に進めていた気がします。

夕暮れの浜辺で、寄り添うように抱き合う二人のシルエット。奥には夕日と山並みが見える

Photo by natsuki on Unsplash

20代の頃には持てなかった発想

小田和正さんの「woh woh」を聴くと、その頃の空気が今でもよみがえります。歌の中には、誰かをそっと抱きしめていたいという、静かで、でもまっすぐな気持ちが繰り返し歌われています。悲しみも不確かさも、すべてを言葉にはできないけれど、それでも「そばにいる」という事実だけは変わらない。20代の私は、その歌詞に、恋人や友との関係だけを重ねて聴いていました。もっと大きな何かへの想いだったのかもしれない、という発想は、あの頃の私にはまだありませんでした。

生命をめぐる小さな問い

仏教には「諸行無常」という言葉があります。すべてのものは移り変わり、同じ状態にとどまるものはない、という考え方です。20代の頃の私は、この言葉を、悲しい出来事や別れにばかり結びつけて理解していました。しかし66歳になった今は、少し違う受け止め方をしています。「woh woh」の歌詞は、あの頃から一言一句変わっていません。それなのに、聴くたびに私の心に届く意味が、少しずつ違っています。変わらないのは歌詞そのものではなく、それを聴く私の方だったのだと気づきました。諸行無常とは、失われていくことだけを指すのではなく、同じ言葉が違う輝き方をする、その豊かさのことでもあるのかもしれません。

66歳の今、聴こえてくるもの

あれから何十年もの時が流れ、私は66歳になりました。海外での暮らしを経て、日本食ビジネスを世界各地で立ち上げ、鍼灸や漢方の仕事にも携わり、不動産や株式への投資も経験して、2025年、65歳を機にリタイアしました。今は日本と英国を行き来しながら、健康寿命を延ばすことや、日々をどう丁寧に生きるかを考える時間が増えています。そして気づいたのです。「woh woh」で歌われている「そばにいたい」という気持ちは、恋愛の歌であると同時に、人生そのものへの想いだったのではないかと。

英国で暮らしていると、「そばにいる」という気持ちを、言葉にしてはっきり伝える文化に触れる機会が多くあります。愛情や感謝を、あえて口に出す習慣です。一方、日本では、言葉にせずとも並んで座っているだけで通じ合う、という美意識が根強くあるように感じます。「woh woh」という、意味を持たない声にならない声で気持ちを表すこの曲のタイトルそのものが、実はそのどちらでもない、第三の伝え方を示しているのかもしれません。

正直に言えば、50代の頃から、疲れが翌日、翌々日まで残るようになったと感じる場面が増えていました。同世代の訃報や病気の知らせを耳にする機会も増え、死というものを、以前よりずっと身近に意識するようになった時期でもありました。それでも、こうした変化を隠さずに言葉にしておくことには意味があると思っています。反応をもらうことを目的とせず、ただそこに記録があること自体が、誰かにとっての小さな灯りになればと、私は思っています。

小田さんご自身も、この曲を作られた当時は40代後半でしたが、今は70代後半です。年齢を重ねてなお、あの頃と変わらぬ声とメロディーで歌い続けておられる姿を見ると、あることに気づかされます。「同じ歌詞なのに聴こえ方が変わる」のは聴き手である私だけの話ではないのだ、と。歌い手である小田さんご自身の声も、体も、この数十年で確かに歳を重ねてきました。それでも同じ言葉を、同じメロディーで歌い続けるという行為そのものが、諸行無常の中にある一つの「変わらなさ」への挑戦のように、私には見えます。変わっていく自分の声と体で、変わらない歌を歌い続ける。それは、歌詞の意味だけでなく、歌う人自身の人生もまた、この曲の一部になっているということなのだと思います。

小田さんの著書『時は待ってくれない』を読み返したのも、ちょうどこの曲について考えていた時期でした。歌とはまた違った言葉で、時の流れとどう向き合うかが綴られています。よろしければあわせてどうぞ。 Kindle版 文庫本

(Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。)

むすびに

20代の私は、この曲を「誰かのそばにいたい」という気持ちで聴いていました。66歳になった今の私は、この曲を「誰かのそばにいられたことへの感謝」として聴いています。同じ歌詞なのに、聴こえ方がまるで違う。それこそが、良い歌が長く歌い継がれる理由なのかもしれません。これから先、身体も記憶力も、少しずつ変化していくでしょう。それでも、大切な人のそばにいたいという気持ちだけは、きっと変わらない。「woh woh」を聴くたびに、私はそう思わせてもらっています。人生は、生きるに値する。そのことを、この一曲が、静かに、しかし確かに教えてくれています。

参考リンク

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

一つの歌が年月とともに違って聴こえてくるように、俳句のことばもまた読むたびに違う光を見せてくれます。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

こちらも、66歳になった今だから見えてきたものを綴った一冊です。

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『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

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小田和正さんについて(プロフィール・経歴)

小田和正さんは、1947年9月20日、神奈川県横浜市生まれ。東北大学工学部で建築を学び、さらに早稲田大学大学院でも建築を専攻するという、音楽家としては異色の経歴の持ち主です。学生時代の1969年、後にオフコースとなるバンドを結成し、翌1970年からプロとして本格的に音楽活動を始めました。「愛を止めないで」「さよなら」「Yes-No」といったヒット曲を次々と生み出し、1982年6月には日本のコンサート史上初となる日本武道館10日間連続公演を成し遂げるなど、日本のポピュラー音楽史に数々の記録を残しています。

1989年2月の東京ドーム公演を最後にオフコースを解散した後、しばらくプロデュース業に専念していましたが、その後ソロアーティストとして活動を再開しました。1991年に発表した「ラブ・ストーリーは突然に」は270万枚を超える大ヒットとなり、小田さんの名前を日本中に広く知らしめることになりました。

その後も精力的に音楽活動を続け、2001年からは毎年12月に音楽特番「クリスマスの約束」を放映し、世代を超えて親しまれています。2002年に発表したベストアルバム「自己ベスト」は、出荷数300万枚を超え、発売から11年をかけて通算500週にわたりチャートの上位(TOP300)にランクインするという、前例のない記録を打ち立てました。

古希(70歳)を迎えて初めてとなる全国アリーナツアーを2018年5月から2019年1月にかけて敢行し、全国21ヶ所48公演で約40万人を動員しました。そして2024年には77歳7か月で当時の史上最年長記録を更新する全国アリーナツアーを開始し、2025年、78歳でこのツアーを完走しています。年齢を重ねてなお第一線で歌い続けるその姿勢は、多くのファンにとって「歳を重ねることは、決して衰えることではない」という生きた証となっているように思います。現在も精力的に音楽活動を続けておられます。