福岡伸一さんの『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』をきっかけに、66歳の私が実際にやってみていることを体験談としてまとめました。去年あたりから、朝、洗面所の鏡の前で小さくため息をつくことが増えました。まぶたが重い、頬がたるんだ、顔にシミが出始めている。関節痛や筋肉痛が常態となり、夜は二度も三度も目が覚めます。そんな折に読んだのがこの本でした。分子生物学の本ですが、読み終えたとき私の手元に残ったのは知識ではなく、「自分の身体をどう眺めるか」という一つの姿勢でした。
1. 「私」は分子の淀みでしかない、という実践
本の核心にあるのは、ルドルフ・シェーンハイマーという、いまではほとんど忘れられた科学者の実験です。目印をつけたアミノ酸をネズミに三日間食べさせたところ、それは全身の臓器や組織に散らばり、身体をつくるタンパク質の一部になっていた。しかもネズミの体重は増えていなかった。つまり、もとの身体は捨てられ、食べた分子と入れ替わっていたのです。福岡さんはここから、私たちの身体は容れ物ではなく、通り過ぎていく分子が一時的に形づくっている「淀み」にすぎない、と書きます。川にインクを垂らすと流れが見える——あの喩えが忘れられません。
これを読んでから、私は朝の鏡の前でひとつだけ言葉を変えました。「また老けた」ではなく、「今日も入れ替わった」。数か月前の私と、いまの私は、分子としてはもう別物です。老いは減っていくことではなく、入れ替わりが少しゆっくりになることなのだと考えると、鏡の中の顔への苛立ちが、不思議とやわらぎます。たいした習慣ではありませんが、一日の始まりの気分がずいぶん違います。
2. 「食べる」とは情報を解体することだ、という実践
第2章で、福岡さんは消化を「情報の解体」と呼びます。他の生物のタンパク質をそのまま取り込めば、相手の情報が私の情報とぶつかってしまう。だから消化酵素が、文章を一文字ずつバラバラにするように、タンパク質をアミノ酸にまで分解する。だから、消化されていない食べものは胃の中にあってもまだ「身体の外」なのだ、と。人間はチクワのような中空の管である、という表現には思わず笑ってしまいました。
少し意味合いは違うかもしれませんが、イエスの言葉をふと思い出しました。
口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、そして、外に出ていくことを知らないのか。しかし、口から出ていくものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである。
——マタイによる福音書 15章17-18節(口語訳)
この視点を得てから、私はサプリの棚を整理しました。コラーゲンを飲んでも、それは口から入った時点でアミノ酸に解体され、私の身体はそれをまったく別の用途に使う。膝の軟骨に直行してくれるわけではないのです。同じ本の終わりのほうに、精製された薬物より薬草を丸ごと食べたほうが効くことがしばしばある、という一節があり、二十年以上漢方を扱ってきた私は深くうなずきました。いまは、単一成分の錠剤を買い足すのを減らし、温室のトマトやきゅうり、旬の魚や葉物を「丸ごと」食べることにお金と時間を回しています。健康寿命のためにできることは、案外そのくらい地味なことなのだと思うようになりました。
3. ドカ食いより、チビチビ食い——非線形に暮らす実践
第3章の話は痛快でした。同じ余剰カロリーでも、一度にドカッと食べるのと、少しずつ食べるのとでは、太り方がまるで違う。自然界の入力と出力は比例直線ではなく、S字を引き伸ばしたシグモイド・カーブを描くからです。入力が小さい領域では、出力の立ち上がりは驚くほど鈍い。私たちが「入れた分だけ出る」と信じているのは、脳が比例関係しか得意でないからにすぎない——そう言われて、なるほどと膝を打ちました。
私はこれを、食事以外にも当てはめてみることにしました。庭仕事は一日で片づけずに一時間で切る。ブログの記事は一晩で書き上げずに毎朝三十分ずつ足す。そして投資です。十年ほど前から米国・英国・日本の市場に細々と投資していますが、まとまった額を一度に入れたくなる誘惑は六十を過ぎてもなくなりません。 いまは「シグモイド・カーブ」という言葉を思い出して、毎月の定額積立に戻ります。お金の心配をなくす方法があるとすれば、大きく当てることではなく、入れる量を小さく保ったまま流れを止めないことなのでしょう。身体もお金も、動きながら平衡を保つほうが壊れにくいのだと思います。
4. 一年が早いのは、代謝が遅くなったから——記録する実践
第1章に、私がいちばん驚いた説明があります。体内時計の秒針は、タンパク質の分解と合成のサイクルである。そして代謝の速度は加齢とともに確実に遅くなる。だから体内時計はゆっくり回るようになるのに、外の時間は同じ速さで過ぎていく。自分ではまだ半年くらいのつもりでいたのに、実際にはもう一年が過ぎ去っている——歳をとると一年が早いのは、分母が大きくなるからではなく、生命の回転速度が実際の時間に追いつけていないからだ、というのです。
これは私にとって、言い訳ではなく処方箋になりました。追いつけないなら、外側に杭を打てばいい。 いま私は、温室の栽培日誌をつけ、旅の記録を書き、こうしてブログを書いています。記憶力は確実に落ちていて、先週会った人の名前が出てこないこともあります。それでも、書いたものは残ります。書くことは、弱った記憶の代わりをするだけでなく、過ぎ去った時間に手を入れて編集し直す作業でもあります。一年が早く過ぎるのは止められませんが、その一年に何があったかは、私の手で決められる。そう思えるようになりました。
5. 脳が勝手に作ったパターンを疑う——人づきあいの実践
第1章にはもう一つ、耳の痛い話があります。人間の脳は、ランダムなものの中にパターンを見つけずにいられない。雲や天井のシミに顔を見てしまう「空目」がその例です。それは、複雑な自然から手がかりを拾って生き延びてきた進化の名残であり、いまでは多くの場合、無関係なものに勝手に因果関係を貼りつける癖として残っている。だから福岡さんは、直感に頼るな、直感が導く誤りを見直すためにこそ学び続けるべきだ、と書きます。学ぶのは、自分にかかった生物学的な制約から自由になるためだ、と。
正直に書くと、私には気の重い相手が何人かいます。親族にも、昔の仕事関係にも。会う前の晩から憂鬱になる。しかしよく考えれば、「あの人はこういう人だ」という私の像は、何年も前の断片からこの脳が組み立てたパターンです。そして相手もまた動的平衡にある存在で、分子としては当時とまるで別人になっている。いまは、そういう人と会う前に、心の中で一言だけ唱えるようにしました。「この人も、もう入れ替わっている」。相手が変わってくれるわけではありません。変わるのは、私が握りしめていた像のほうです。それだけで、その場の息苦しさが半分になります。善いおこないとは何かと問われたら、私はいま、こう答えたい気がします——自分が見ているものを、少し疑ってみることだ、と。
6. アンチ・アンチ・エイジング——老いと共存する実践
第8章の終盤に、この本でいちばん有名な一節があります。この宇宙では、鉄は錆び、熱は冷め、秩序は必ず乱れていく。エントロピー増大の法則には誰も抗えない。生命はそれを織り込み済みで、先回りして自らを壊しては作り直すという自転車操業を選んだ。それが動的平衡である。だから福岡さんは、老化の目立つ一部分に単一の原因を求め、単一の成分に救いを求めるのは悪しき還元主義だと言い切ります。私たちにできるのは、十分な栄養と休息をとり、余計なストレスを避けること。つまり「普通」でいることが一番なのだ、と。そして到達するのが、アンチ・エイジングに抗する「アンチ・アンチ・エイジング」という言葉です。
これは私の生活を実際に変えました。この数年、私は自分の衰えを敵の一覧表のように扱ってきたのです。夜間頻尿にはこの対策、関節の硬さにはこのサプリ、物忘れにはこの脳トレ。一つずつ叩こうとして、かえって疲れていました。 いまは、朝の散歩と、風呂上がりのゆっくりしたストレッチと、寝る前の水分を控えることだけを続けています。夜中に目が覚めて廊下を歩くとき、以前は「またか」と舌打ちしていました。いまは、暗がりの中で「更新中」と思うことにしています。ばかばかしい言い換えですが、これが効くのです。つらさが消えるわけではありません。夜中の三時は、やはり心細い。ただ、その心細さの向こう側に、若いころには見えなかった風景があります。壊れることと作り直すことが同じ営みの表と裏だと腹の底でわかるのは、身体が実際に壊れはじめてからでした。それは、六十六年生きて初めて手に入った眺めです。
7. 個体が死ぬのは利他的なことだ——受け渡す実践
もう一つ、静かに衝撃を受けた指摘があります。生命は個体を生き延びさせようとする点ではエゴイスティックに見えるけれど、すべての生物が必ず死ぬというのは実に利他的なシステムだ、というのです。致命的な秩序の崩壊が起こる前に、秩序は別の個体へ移り、リセットされる。そうやって生命は三十八億年つづいてきた。福岡さんは本の最後で、自然界が渦巻きの意匠に満ちていること——巻貝、蔓、水流、台風の目、そして銀河——に触れ、だからこの本の表紙に渦巻きを置いたのだと書いています。
私が生きてきた意味は何だったのか、と考えることがあります。この本を読んでから、私の答えは少し変わりました。何かを残すことではなく、通り抜けさせることなのではないか、と。庭では、抜いた雑草も落ち葉も卵の殻も、堆肥箱に入れて土に戻します。数か月後には、それがトマトになって食卓に上がる。私の身体もいずれ同じ環に戻る。それだけのことだと思うと、むしろ気が楽になりました。ブログを書くのも、いまはそういう気持ちです。英国での暮らしを日本語で、日本の本や俳句を英語で書き留めておく。誰かが読んで、私と同じところでつまずくのを少しだけ避けられるなら、それでいい。返信もコメントもなくてかまいません。贈りものは、往復しなくても成立します。
流れの中に、ちゃんと立っている
読み終えて残ったのは、こういう感覚でした。私は容れ物ではなく、流れの一部である。分子は環境から来て、しばらく私という淀みをつくり、また環境へ帰っていく。だとすれば、老いは失うことではなく、流れの速さが変わることにすぎません。数字に一喜一憂せず、丸ごと食べ、少しずつ動き、記録を残し、自分の見え方を疑い、衰えと共存し、受け取ったものを次へ流す。どれも特別なことではありませんが、六十六歳のいま、あらためて続けてみたい習慣です。
生命が「流れ」であるという話を読みながら、私はずっと、あの一節が頭の隅にありました。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
——創世記 1章2節(口語訳)
今回ご紹介した本はこちらです。
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ほかにも、こんな本があります
よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。
『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』
俳句のことばと聖書の光を行き来しながら、東と西の精神性を静かに見つめたエッセイです。日本の詩情と聖書の世界が、思いがけないところで響き合う一冊です。これは私の義父の遺作です。
Amazonで見る『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』
大阪での両眼の白内障手術を、英国と日本の二拠点生活を送る66歳の視点から、率直に綴った体験記です。レンズ選びから費用、術後の見え方まで、実際に経験したことをそのまま記録しました。
Amazonで見る著者と、その時代について
福岡伸一さんは1959年、東京の生まれです。少年時代は虫を追いかけて過ごした昆虫少年でした。高度経済成長のただ中で、東京の原っぱが次々と宅地に変わっていく時代です。生きものが目の前から消えていく光景を子どもとして見ていたことは、のちの「生命は操作の対象ではない」という一貫した立場と、どこかでつながっているように思えます。京都大学で学び、その後アメリカに渡って、ハーバード大学医学部で研究員を務めました。
彼が研究者として最も脂の乗った1980年代から90年代は、分子生物学が世界の主役だった時期です。DNAの二重らせんが解かれ、遺伝子を切り貼りする技術が確立し、ヒトゲノム計画が動き出しました。同時にそれは、科学がビジネスになった時代でもありました。1976年に設立された世界初のバイオベンチャー、ジェネンテック社の株が上場と同時に急騰し、研究者が一夜にして億万長者になった——その光景が、その後の数万社のバイオベンチャー勃興を生みます。本書のプロローグは、まさにその内側の記録です。福岡さんのボスだったハーバードの博士は「給料では金持ちになれない」と言って自ら会社を興し、資金調達に追われ、机の抽斗に精神安定剤を忍ばせ、最後は投資家が離れて燃え尽きていきました。生命科学の熱狂を、批判者としてではなく当事者として内側から見た経験。これが福岡さんの筆致に独特の落ち着きを与えていると私は感じます。
2000年代に入ると、彼の関心は社会へと向かいます。BSE(狂牛病)、遺伝子組み換え作物、ES細胞、早世したクローン羊ドリー。生命を部品の集合とみなして操作する技術が、次々と社会不安を生んだ時期でした。彼は『もう牛を食べても安心か』などの著作で、専門家の言葉を一般の読者に届ける役割を引き受けます。本書で彼が繰り返し批判するのは、生命を機械とみなしたルネ・デカルト以来の見方であり、その解毒剤として持ち出すのが、1940年前後に忘れ去られたシェーンハイマーの発見なのです。過去の埋もれた業績を掘り起こして現在に接続する——この歴史家のような眼が、彼を単なる解説者と分けています。
人物としての福岡さんは、科学者でありながら、まぎれもなく文章家です。本書のあちこちに、パリの冬の路地や、鳥取の高校の廊下や、風車のデザインの話が挟まります。ライアル・ワトソンやキャリー・マリスの自伝を自ら翻訳し、フェルメールの絵を追いかけて各地を歩き、自らを「ハカセ」と呼んでユーモアを崩さない。そもそも本書のもとになった連載は、環境雑誌『ソトコト』に載っていたものでした。ロハス——健康と地球環境の持続性に配慮した暮らし方——という文脈から生まれた文章なのです。効率と加速をひたすら求めた線形の時代が行き詰まりを見せた2009年に、「動的平衡」という円環的な言葉が広く受け入れられたのは、決して偶然ではなかったのだと思います。