🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)

この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。

2007年に刊行された小林正観さんの『楽しく上手にお金とつきあう』を読みました。現役を退いて、年金と資産の取り崩しで暮らす立場になった今だからこそ、お金についての本を素直な気持ちで読めるようになった気がします。若い頃なら「稼ぎ方」を探して手に取ったはずのこの本は、実際にはお金の稼ぎ方ではなく、お金との「つきあい方」だけを一貫して説いていました。今日は、この本をきっかけに私が実際にやってみていることを、体験談としてまとめてみます。

竜安寺の知足のつくばいを思わせる手水鉢に水が注がれる静かな日本庭園の情景

本の中で紹介されている、京都・竜安寺の「知足のつくばい」から着想したイラストです。「吾、唯、足、知」——足るを知ることそのものが幸せの根源だという言葉を、控えめに注がれる水として描いてもらいました。

足るを知る幸せ

本はまず、人に幸せを与えるものを「物」「環境」「心」の三つに分けて説明します。隣人が自分より一〇倍多く貯めても心が動じない人がいる一方で、隣人が一億円多く持っているというだけで落ち着かなくなる人もいる、という具体例が紹介されていました。金額そのものではなく、金額をどう受け止めるかという「心」の側に、幸不幸の答えがあるという指摘です。

「幸せ」は、「物」ではなく「幸せ」と思う「心」が決める。 ——同書より

続けて、竜安寺の「知足のつくばい」の話が出てきます。水戸光圀公が寄進したというこの手水鉢は、中央の四角い水受けを「口」の字に見立て、その周りに時計回りに刻まれた「五」「隹」「疋」「矢」の四文字を、それぞれ中央の「口」と組み合わせて読むと「吾」「唯」「足」「知」となる、という仕掛けになっています。「われ、ただ、足るを知る」。政治だけでなく生き方においても達人だった水戸光圀が、何かを手に入れたら幸せという「幸せ論」ではなく、「すでに十分恵まれている」という幸せの根源をこの一つの手水鉢に刻んだのだと思うと、四百字にも満たない仕掛けの重みに、しばらく手が止まりました。命とは、外側に何かを積み増し続ける営みではなく、すでに与えられているものにどれだけ気づけるか、その気づきの総量のことなのかもしれません。なぜそう思うかというと、貯金がいくら増えても「足りない」と感じ続ける人と、少なくても満ち足りて見える人の違いを、実際に何人も見てきたからです。数字の大小では説明がつかないその差が、この本を読んでようやく言葉になった気がします。

喜ばれるために流れるお金

本の前半には、繁盛している人気ラーメン屋ではなく、あえて客の少ない「たそがれたラーメン屋さん」に好んで入るという著者自身の実践が紹介されています。おいしいものを求めて行列に並ぶことより、その店の主人を支えるためにお金を使う、という発想です。

喜ばれるために使われること——。それがお金の役割。 ——同書より

なぜこの発想が腑に落ちたのか、自分なりに考えてみました。私は2015年頃から株式や不動産に投資してきましたが、値上がりだけを追いかけていた頃より、その事業が誰かに実際に喜ばれているかどうかを見るようになってから、投資の判断がずっと落ち着いたように思います。喜ばれている会社ほど、業績という形でゆっくり利益を積み上げていく。お金の流れというのは、結局「どこで喜ばれているか」という一点に、遅かれ早かれ収れんしていくものなのかもしれません。

三つのゴミを手放す実践

本には、無限にお金が入ってくる方法として、まず「トイレ掃除」が挙げられていました。トイレを磨き続けたことで公衆トイレを回るほど熱心になった人の話や、社員総出でトイレ掃除に取り組んだ結果、人間関係の悩みまで消えていったという体験談が紹介されています。そのうえで著者は、水路に何かが詰まっていれば、いくら水源が豊かでも流れてはこないと言い、その詰まりの正体をこう説明します。

「我欲」「執着」「こだわり」という三つのゴミが、無限のダム湖の水、すなわちエネルギーをブロックしています。 ——同書「三つのゴミを捨てる」より

四苦八苦のうち、私がこの歳になってようやく実感を持てるようになったのが「老」です。若い頃は、老いを「できたことができなくなる」引き算としてしか想像できませんでした。たとえるなら、英国と日本を年に二回行き来するときのスーツケースに近いのかもしれません。四十代の頃は、念のためにと荷物を詰め込むだけ詰め込んで、結局最後まで使わないものを毎回運んでいました。今は、重いスーツケースを自分で運べなくなった分だけ、出発前に一つひとつ手に取って「これは本当に要るか」と考えるようになりました。老いとは、意志の力で身軽になろうとする代わりに、体の衰えのほうが先回りして「もう持たなくていい」と教えてくれる時期なのかもしれない、と今は思っています。若い頃には持てなかったこの捉え方が、同じように老いに戸惑っている方への、ささやかな手がかりになればと思います。

実践としては、朝、ホメオパシーのレメディを舌の上に一粒のせる数分間を、「今日はこれ以上、何かにこだわらない」と自分に言い聞かせる合図に決めました。レメディそのものが体の不調を治すというより、その数分間、昨日気になっていたことや明日の予定をいったん頭から下ろしてみる練習になっている、というのが実感に近いです。ぎゅっと握りしめていた手のひらを、意識してゆっくり開いていくような感覚です。

山あいのダム湖から水路の詰まりが取り除かれ、水が澄んで流れ出す情景

本の中の「お金が入ってくる仕組みはダム湖に似ている」というたとえを図にしたものです。水源が涸れているのではなく、水路の詰まりが流れを止めている——という発想を、取り除かれたばかりの詰まりの跡として描いてもらいました。

お金は貧乏神にも福の神にもなる実践

佐賀県唐津市には「宝当神社」という、宝くじ祈願で知られる神社があります。全国平均の二倍近い確率で宝くじが当たると言われ、島おこしの一環として作られた「宝当袋」を買い求める人が絶えないそうです。本の中で著者は、その理由をこう分析しています。

執着する人には、宝くじは当たりません。お金はめぐってはきません。 ——同書「宝くじが当たる島」より

祈りながら買う人と、当たったらどうしようと皮算用しながら買う人との違いが、当たる当たらないを分けるらしいというのです。同じ章には、お金の使い方によって、同じ神様が貧乏神にも福の神にもなる、という話も出てきます。

神様は、その人のお金の使い方によって、貧乏神にもなり、福の神にもなる。 ——同書「お金の使い方によって、神様が貧乏神にもなり、福の神にもなる。」より

引退して収入が年金と資産の取り崩しに切り替わった時期、通帳の残高を見ては「これで足りるのだろうか」という漠然とした不安が消えない時期がありました。振り返ると、これは私だけの感覚ではなく、六〇代の多くの人がひそかに抱えている慢性的な不安のひとつなのだろうと思います。この二つの節を読んでから、残高の数字そのものより、「今日、このお金をどう使ったら誰かが喜ぶか」という問いに意識を向け替えるようにしました。不安が完全に消えたわけではありません。それでも、同じ残高を見つめる時間の質は、以前とはっきり変わりました。

生きるとは「頼まれごと」をこなすこと

本の中で紹介されている自転車屋さんの話が、いちばん長く心に残りました。スーパーや量販店で自転車が安く売られるようになり、修理だけを求める客が増えて経営が苦しくなった店主が、最初は「もっと店を大きくしたい」と焦っていたものの、あるとき「人の為」と書いて「偽り」と読む、という気づきから、店を大きくすることではなく、頼まれた修理を一つひとつ丁寧にこなすことに徹するようになります。すると、遠くからでもその店主に修理を頼みたいという常連客が、かえって増えていったという話です。

生きるとは、「頼まれごと」をこなすこと。 ——同書「生きるとは、「頼まれごと」をこなすこと。」より

英国と日本を半年ずつ行き来する今の暮らしは、実は自分で綿密に設計したものではありません。家族の事情、庭の管理を頼める人が見つかったこと、寿司教室の相談に乗ってほしいという声——そうした頼まれごとを一つずつ受け止めていった結果として、今の形になりました。二拠点生活の実務(引っ越しに近い量の荷物を年に二回動かす段取りや、季節ごとの行き来のタイミングの見極めなど)も、最初から設計図があったわけではなく、頼まれごとに応えるたびに少しずつ磨かれてきたものです。

このブログも、私にとっては一種の頼まれごとです。誰かに直接頼まれたわけではありませんが、書くことで人生を編集し続けられるなら、それ自体が引き受ける価値のある頼まれごとだと思うようになりました。反応をもらうことを目的とせず、ただそこに記録があること自体が、誰かにとっての小さな灯りになればと思っています。

家族だから、感謝ができる実践

四〇代の女性が「母の介護で疲れ果てて、つい愚痴が出てしまう」と相談した場面が本の中にあります。著者は、母親を「隣のおばあさん」だと思って接してみてはどうか、と提案します。他人の親であれば当たり前に感謝できることが、家族だと当たり前になりすぎて見えなくなる、という指摘です。

家族だから、感謝が薄れる。家族だから、感謝ができる。 ——同書「家族だから、感謝が薄れる。家族だから、感謝ができる。」より

著者自身も、妻を「隣のおばさん」に見立てて、食事を作ってもらうことへの感謝を忘れないようにしている、というエピソードを添えていました。

英国で暮らしていると、家族同士でも "thank you" を口に出す場面によく出会います。日本では「言わなくても伝わる」ことが美意識とされてきましたが、二つの国を行き来していると、言葉にしない優しさと、言葉にする優しさのどちらが欠けても、関係は静かに痩せていくのだと感じます。半年ごとに拠点を移す今の暮らしは、当初は不便さのほうが気になっていましたが、思いがけず「隣のおばさん効果」を生んでいるようです。会うたびに少し久しぶりだからこそ、当たり前になりきる前に感謝の言葉が出てくる。豊かな老後というのは、案外こうした偶然の仕組みに支えられているのかもしれません。

高い値がつくバラの話

広島でバラ農家を営むKさん夫婦の話が紹介されています。Kさんのバラは色鮮やかで花が肉厚、市場のセリで通常の二、三倍の高値で競り落とされるそうです。その理由をこう説明していました。

毎日バラに向かって「ありがとう」と言い続けたら、Kさんのところのバラが市場で色鮮やかで肉厚な、ゴージャスと呼ばれるように育ってきたのです。 ——同書「高い値がつくバラ」より

これを科学的な因果関係として鵜呑みにするつもりはありません。医学部にいた頃の癖で、こういう話にはまず懐疑的になります。それでも、庭で育てている英国バラの手入れをしながら、枯れた花がらを摘むたびに小さく声をかけるようになってから、変わったのはバラよりも私自身の観察の解像度だったように思います。声をかけるという行為が、水切れや虫の兆候に気づく時間を強制的に作ってくれる。ありがとうという言葉が花そのものを変えるかどうかはわかりませんが、言葉が私の手入れの質を変えることは、庭仕事をしていてはっきり実感します。今を生きるというのは、案外こんな数分間の積み重ねのことを指すのかもしれません。

英国風の庭に咲く一輪の赤いバラと、傍らに置かれた園芸ばさみと水差し

庭で育てている英国バラをイメージしたイラストです。バラそのものより、花がらを摘みながら小さく声をかける、その数分間の手つきを描いてもらいました。

光を投げかける、という結び

本の最後の章に、こんな一節があります。

光を投げかければ、明るくなるのです。 ——同書「光を投げかける」より

闇を敵視して駆逐しようとするのではなく、ただ光を向ける。お金の心配も、老いへの不安も、根こそぎ消すことはできません。それでも、足るを知り、喜ばれるようにお金を使い、頼まれごとを一つずつこなし、家族を隣人のように大切にする——そうした小さな光を一つずつ投げかけていくことなら、今日からでもできます。小林正観さんが本の中で繰り返し説いていたのは、結局この一点だったのだろうと思います。

今回ご紹介した本はこちらです。

小林正観『楽しく上手にお金とつきあう』(大和書房)単行本

Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

お金との向き合い方を見つめ直した先で、静かに読み返したくなる一冊です。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

大阪での両眼の白内障手術を、英国と日本の二拠点生活を送る66歳の視点から、率直に綴った体験記です。

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『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

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著者・小林正観が生きた時代

昭和末期から平成にかけての夕暮れのオフィス街と、講演会場で聴衆に語りかける講師のシルエット

バブル崩壊後の長い停滞期に、全国で年間300回を超える講演を続けていた小林正観さんをイメージしたイラストです。経済的な答えが揺らいだ時代に、お金以外の物差しを説き続けた講演者の姿を、夕暮れの窓明かりで表しました。

小林正観(本名・小林正寛)は1948年、東京・深川に生まれました。中央大学法学部を卒業し、学生時代からすでに人間の潜在能力やESP現象、超常現象に強い関心を持ち、独自に「心学」の研究を続けていたといいます。彼が大学に通っていた1960年代後半は、日本中の大学で学生運動が吹き荒れていた時期でもあります。既存の権威や制度が根底から問い直されたこの時代の空気が、既存の学問の枠に収まらない独自の研究へ向かう素地になったのではないか、と想像します。

彼の著作活動と講演活動が本格化したのは1990年代から2000年代にかけてです。これは、1991年のバブル経済崩壊から「失われた十年」「失われた二十年」と呼ばれる長期停滞期にちょうど重なります。土地や株の値上がりを前提にした生き方が崩れ去り、多くの日本人がお金や将来への不安を抱えたこの時代に、小林正観は「お金の量より、お金との付き合い方が幸せを決める」という、当時の空気とは逆方向の考え方を説きました。この『楽しく上手にお金とつきあう』が刊行されたのは2007年、皮肉なことに、翌年には世界金融危機が控えていた時期です。経済成長がすべての答えだった時代が終わりに向かう、まさにその節目に書かれた本だったことになります。

年間300回を超える講演をこなしながら、心理学・教育学・社会学の博士号を自称し、作詞家や歌手としての活動も行うなど、肩書にとらわれない生き方をした人でもありました。糖尿病や腎臓・心臓の持病を抱えながら講演活動を続け、2011年、62歳で亡くなっています。輪廻転生を信じていたとされますが、相談者には「前世が誰であろうと、今やるべきことは同じ」と説き、過去世への執着そのものを戒めていたそうです。トイレ掃除や「ありがとう」といった、誰にでも今日から始められる小さな行動を繰り返し勧め続けたのは、大きな理論より、日々の具体的な実践の積み重ねこそが人を変える、という一貫した信念があったからなのだろうと思います。このため、単なる精神論ではなく、科学的な根拠や具体的な行動と結びつけて語ろうとする、意外なほど現実的な一面も持っていたようです。スピリチュアルな語り口の奥に、地に足のついた実務家の目があった人、というのが、今回いくつかの資料にあたって受けた印象でした。