今回読んだのは、管理栄養士・幕内秀夫さんの『実践・五〇代からの少食長寿法』です。栄養素の分析だけを追いかける栄養学に疑問を持ち、日本列島を何度も歩いて縦断・横断しながら「FOODは風土」という考え方にたどり着いた方で、長年、病院や診療所で食事相談を担当してこられました。書名に「少食」とあるので、我慢や制限の本かと身構えて読み始めたのですが、実際に描かれていたのは、五〇代という年齢そのものをどう捉え直すか、という話でした。66歳になった今の私が読むと、10年以上前に書かれた本なのに、まるで今の自分に向けて書かれたような箇所がいくつもあります。今日は、この本をきっかけに私が実際にやってみていることを、体験談としてまとめてみます。

二股に分かれた小道の分岐点に立つ、木製の道標のイラスト

「五十にして天命を知る」という論語の一節から着想したイラストです。道標は迷いを示すものではなく、これまで歩いてきた道を踏まえて次の一歩を選ぶための目印として描いてもらいました。

「五十にして天命を知る」を、66歳で読み直す実践

本の冒頭、著者は自分自身が五〇歳になったときの心境を、論語の一節を引きながら書いています。

「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とは、ご存じ「論語」の一節です。天が自分に与えてくれた使命に気づき、これまでのさまざまな経験を踏まえて、それを通してあとの人生を生きよ、という意味だと私は考えています。 ——同書より

なぜこの一節が心に残ったかというと、私自身、66歳になった今もなお「もう若くはない」という感覚を、どこかで喪失として捉えていたからです。仏教では老いることそのものを苦のひとつに数えますが、著者は同じ年齢の重なりを「使命への気づき」として読み替えています。医学的に見れば老いは確かに機能の低下ですが、論語の視点で見れば、それは単なる喪失ではなく、それまで積み上げてきたものを差し出す番が回ってきた、ということなのだと思うようになりました。

数字ではなく舌の記憶を信じる実践

前の節で「天命」という物差しを得たところで、今度は日々の食卓の話です。著者は、栄養学が示す「これを食べれば健康になる」という情報の危うさを、具体的な調査結果とともに指摘しています。

みそ汁を一日三杯以上飲む人は、乳がんの発症率が一日一杯以下の人よりも四〇パーセントも減少するというのです。 ——同書より

これは国立がんセンターによる大規模な追跡調査の結果だと著者は紹介していますが、私がこの一節から受け取ったのは、みそ汁そのものの効能というより、「毎日同じものを、当たり前に食べ続けてきた人たちの結果」だという点でした。なぜなら、この調査で守られていたのは特定の成分ではなく、長年変わらない食習慣そのものだったからです。栄養学的にどの成分がいいかを毎回選び直す暮らしより、土地に根づいた献立を淡々と繰り返す暮らしのほうが、結果として体を守るのかもしれません。今は、テレビや記事で「これが体にいい」という話を見ても、まず「これは何十年も前から食べられてきたものか」と自分に問うようにしています。すぐに飛びつかない、という小さな儀式です。

「粗食」は我慢ではなく風土だと知る実践

「粗食」という言葉の定義についても、著者は明確に書いています。

「当たり前の食事」とは、日本の豊かな自然のなかで、長年にわたって育まれてきた「風土」のことです。 ——同書より

つまり粗食とは質素に我慢することではなく、その土地の気候・水・作物に合わせて、無理なく続けてきた食べ方そのものを指しているわけです。これは英国と日本を行き来する暮らしをしている私には、とても腑に落ちる定義でした。英国の伝統的な食事も、決して豪華ではありません。ロースト、パン、根菜のスープ——気候が育てる作物と保存の知恵から生まれた、いわば英国なりの「粗食」です。英国では長らく、日曜日にオーブンでかたまり肉を焼き、余った分を翌日以降のサンドイッチやスープに回すという習慣がありました。これも、冷涼な気候のなかで無駄なく食いつなぐための、風土に根ざした知恵だったはずです。ところが今の英国のスーパーには、日本と同じように加工食品や輸入食材があふれ、その「日曜日のロースト」の習慣自体が薄れつつあります。二つの国を往復していると、飽食によって風土との結びつきが失われていく過程は、日本も英国もほとんど同じ速度で進んでいるように見えます。「粗食」というのは日本固有の概念ではなく、どの土地にも本来あった当たり前の食事のことなのだ、とよくわかります。庭の高床式の菜園で育てているズッキーニも、英国の気候だからこそ次々と実る作物のひとつです。夏の間、採れたものを塩とオリーブオイルだけで焼いて食べる。これも私にとっての「粗食」の実践のひとつです。

和良村に学ぶ、体を動かして食べる実践

粗食は「何を食べるか」だけの話ではありません。著者が紹介する岐阜県和良村の長寿の秘密は、体の動かし方にも及んでいます。

高齢者はスポーツより農作業で体を動かす機会が多いのだそうです。高齢とはいってもみなさん元気で、田や畑で働いているのでしょう。 ——同書より

なぜ和良村の人たちが元気なのかというと、運動のための運動ではなく、日々の畑仕事という「目的のある体の動かし方」を続けているからだと著者は考えています。これは、階段の上り下りで息切れを感じやすくなってきた私にとって、他人事ではない指摘でした。ジム通いの習慣は長続きしませんでしたが、庭のズッキーニやハーブの世話であれば、毎朝自然に体を動かせます。収穫という目的があるからこそ、義務感なしに続けられるのだと思います。東洋医学の観点から言えば、これは体の巡りを滞らせないための、もっとも簡素な養生法でもあります。生薬に頼る前に、まず畑に出て体を動かすことのほうが、よほど基本的な処方箋なのだと、この本を読んで改めて思いました。

岐阜の山あいの棚田で、鍬を持って畑仕事をする高齢者たちのシルエットのイラスト

本文で紹介した岐阜県和良村をイメージしたイラストです。運動のための運動ではなく、収穫という目的のある体の動かし方こそが、高齢になっても元気でいられる理由なのだと教えられました。

発酵に「命を与える」実践を重ねる

体を動かすことと同じくらい印象に残ったのが、発酵食についての一節でした。

発酵は、命を与える作業なのです。 ——同書より

たった一文ですが、この定義はそれまでの章を読んできた流れの上で、妙に大きな重みを持って響きました。焼く、煮る、炒める、揚げるといった調理は食材に手を加える作業ですが、発酵だけは、目に見えない微生物に「働いてもらう」作業だと著者は書いています。つまり発酵食を食べるということは、人間の力だけでなく、別の生命の力を借りて命をつなぐ、ということになります。これは「生命とは何か」という大きな問いに対する、ひとつの具体的な答えのようにも思えました。生命とは、自分ひとりで完結するものではなく、目に見えないものたちとの協働によって続いていくもの——そう考えると、毎朝のみそ汁が、少しちがって見えてきます。ちょうど、以前投資を学んだときに知った「複利」という考え方にも似ています。大きな一手を打つのではなく、小さな働きを毎日積み重ねることで、時間が味方になってくれる。発酵も複利も、目に見えない働きが少しずつ積み上がっていく、という点では同じ仕組みなのかもしれません。

木製の味噌樽の蓋の隙間から、内側から柔らかい光が漏れているイラスト

「発酵は、命を与える作業なのです」という一節から着想したイラストです。人間の力だけでなく、目に見えない微生物の働きを借りて命をつなぐ、という発酵の姿を、樽の内側から漏れる光として描いてもらいました。

「豊かな時間」を味わう実践

食べ物の質だけでなく、食べる時間の質についても、著者は踏み込んで書いています。まず、家庭菜園について。

野菜づくりは、一生懸命生き抜いてきたそんな世代にこそふさわしい。 ——同書より

なぜ著者がこう言い切るのかというと、庭で育てた野菜には、市場に並ぶ野菜にはない「舌の記憶」が宿るからだと説明されています。そしてその先で、著者はもうひとつ大事な指摘をしています。

五〇代にもなれば、ただ食べ物を胃袋に収めるだけでなく、「豊かな時間」をいっしょに味わいたいものです。 ——同書より

これは私にとって、「幸せとは何か」という問いへの、いちばん具体的な答えでした。今を生きるとは、次の予定を気にせず、目の前の一皿に時間をかけることなのだと思います。振り返れば、これまでの人生は「効率よく食べる」ことばかり考えてきました。今は違います。少食にすることで自然と生まれた時間を、味わうことそのものに使う。これは我慢の代償ではなく、選択の余白を取り戻すことだと感じています。何を、どれだけ、どんな速さで食べるか——それを自分の意思で選べているという感覚こそ、少食という実践が私に返してくれた、いちばん大きなものかもしれません。同じように、これを読んでいる方の中にも、若い頃にはできなかった食べ方や生き方が、今ならできる、と感じている方がいらっしゃるかもしれません。反応をもらうことを目的とせず、ただそこに記録があること自体が、誰かにとっての小さな灯りになればと思っています。

「少食」は、選択の余白を取り戻すこと

論語の天命から始まり、みそ汁の統計、風土としての粗食、和良村の畑仕事、発酵という命の働き、そして豊かな時間の味わい方へ——この本を通して私が学んだのは、少食とは何かを減らす技術ではなく、何を大切にするかを選び直す技術だ、ということでした。仏教の言う諸行無常のとおり、食欲も、体力も、味の好みも、年齢とともに変わり続けます。だからこそ、変わらない正解を探すのではなく、そのときどきの自分に合った量とリズムを選び直し続けることのほうが、実は理にかなっているのだと思います。生まれてから今日まで、私たちの体は数えきれない生命の働きに支えられてきました。発酵菌も、畑の土も、みそ汁を作ってくれた誰かの手も。あらゆる命がどこから来てどこへ行くのか、その答えを私は持っていません。ただ、今日の一椀を、ゆっくり味わうことならできます。苦しみや不調そのものがなくなるわけではありませんが、それとどう向き合うかは、少食という小さな実践ひとつで、確かに変わります。66歳の私にとって、それがいちばん現実的な「豊かな老後」の過ごし方なのだと思っています。

今回ご紹介した本はこちらです。

幕内秀夫『実践・五〇代からの少食長寿法』(講談社+α新書)

(Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。)

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

季節の恵みをそのまま俳句に詠んだ句集で、土地の実りをそのまま味わう「粗食」の感覚とどこか響き合います。これは私の義父の遺作です。

Amazonで見る

『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

「症状を体質改善のチャンスとして受け取る」実践を、実際の手術という体の出来事で試した体験記です。

Amazonで見る

『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

Amazonで見る

著者・幕内秀夫が生きた時代

昭和期の日本の食卓。ちゃぶ台を家族が囲み、みそ汁の湯気が立っているイラスト

幕内秀夫さんが栄養士としての歩みを始めた昭和後期の食卓をイメージしたイラストです。成分表示ではなく、家族で囲む一汁一菜の食卓こそが、彼の思想の出発点にあったのだと想像しながら描いてもらいました。

幕内秀夫は1953年、茨城県生まれ。東京農業大学で栄養学を学び、管理栄養士の資格を取得しました。専門学校で栄養学を教える立場にありながら、食品の成分表示だけを分析する教育のあり方に疑問を持ち、教壇を離れます。その後、帯津三敬病院をはじめとする病院・診療所で、長年にわたり患者の食事相談を担当してきました。

彼が栄養士としてのキャリアを歩み始めた1970年代から80年代は、日本の食卓が最も大きく変わった時期と重なります。高度経済成長を経て、輸入食材、加工食品、ファストフードが急速に広まり、栄養学もまた「カロリー」「ビタミン」「タンパク質」といった成分単位で食事を語ることが主流になっていきました。幕内はこの流れに違和感を持ち、日本列島を実際に歩いて縦断・横断し、各地の伝統的な食生活を自分の足で確かめるという、当時としては珍しいアプローチを取ります。そこから生まれたのが「FOODは風土」という彼の中心的な思想です。栄養素の分析ではなく、その土地の気候・農業・歴史が育ててきた食べ方こそが、人の体に合っている、という考え方でした。

1995年に刊行された『粗食のすすめ』はベストセラーとなり、以後、多くの続編・実践編が書かれています。本書『実践・五〇代からの少食長寿法』もそのひとつで、成分至上主義の栄養学が広まりきった時代への、現場からの異議申し立てという性格を持っています。長年、病院で患者と向き合い続けてきた臨床の経験が、抽象的な栄養理論ではなく、「この人は何を、どう食べてきたか」という個別の生活史を重視する彼の書き方に、色濃く表れているように感じます。