周春才さんの『まんが漢方入門―中医薬食理論がよくわかる』をきっかけに、66歳の私が最近の暮らしの中で実際にやってみている実践をまとめました。「まんが」と聞くと軽い読み物を想像しますが、陰陽五行から気血津液、四診弁証、食養生まで、中医学の骨格をまるごと一冊に収めた、かなり本格的な入門書でした。開業前、鍼灸と漢方の学校で似た理論を学んだことがあるのですが、あのときは試験のために暗記していた図式が、66歳になった今読み返すと、まったく違う手触りで頭に入ってきます。
陰陽の太極図と、英国と日本を行き来する暮らしを重ねてイメージした一枚です。
陰陽のバランスを、二拠点生活の中で感じる実践
本の第一章は陰陽学説から始まります。すべてのものは陰と陽という相対する二つの性質のバランスで成り立っている、という考え方です。英国と日本を行き来する暮らしを始めてから、私はこの陰陽という言葉を、季節への適応という形で実感するようになりました。英国の湿った寒さの中で過ごす時期と、日本の蒸し暑い夏を過ごす時期とでは、体が求める食事も睡眠のリズムもまったく違います。以前は「同じ自分なのだから同じように過ごせばいい」と思っていましたが、今は、今いる場所の陰陽に合わせて暮らし方を変えること自体が養生なのだと考えるようにしています。具体的には、陰の強い英国の冬の時期は、根菜や煮込み料理など体を温める食事を増やし、就寝時間を早めて睡眠時間を長めに取り、日中の活動量も無理に増やさないようにしています。反対に、陽の強い日本の夏の時期は、水分の多い野菜や果物を積極的にとり、活動的な用事は朝夕の涼しい時間帯にまとめ、昼の一番暑い時間は体を休めることにあてています。同じ「健康的な生活」でも、その中身を陰陽に応じて入れ替えることが、私にとっての養生になっています。
医食同源を、温室のなすで実感する実践
本の中盤では、五臓と食べ物の性質を結びつける医食同源の考え方が丁寧に説明されています。食べ物にはそれぞれ「性」(体を温めるか冷やすか)と「味」があり、色や味が特定の臓と結びついている、という理論です。今年は温室でなすを育てているのですが、なすは体の熱を冷ます涼性の食材とされ、紫という色も中医学では五臓とのつながりが深いとされています。以前は「体にいいから食べる」くらいの感覚でしたが、今は、収穫したなすを前に「これは今の季節の自分に合っているか」と一度考えてから食卓に出すようになりました。
「証」を見て、病気を敵ではなく手紙として読む実践
仏教では生老病死を四苦の一つに数えますが、この本を読んでから、私は「病」という苦しみそのものよりも、その受け止め方が少し変わったように思います。中医学では、病名をつける前に「証」、つまり今の体がどんな状態にあるかを、四診(望診・聞診・問診・切診)を通じて丸ごと読み取ります。最近、固有名詞がすぐに出てこないことが増えたのですが、これを「老化の証拠」と切り捨てるのではなく、「今の自分の気の巡りが教えてくれているサインは何か」と考えるようにしています。若い頃は病気を早く終わらせるべき敵だと思っていましたが、今は、体からの短い手紙のようなものだと捉え直しています。
四診で体のサインを読み取る様子と、千年灸を据える手元を重ねてイメージした一枚です。
気血水を整える、小さな養生の実践
本では、気・血・水という三つの要素の乱れが不調の多くを説明する、という考え方が紹介されています。鍼灸と漢方を学んでいた頃の知識を思い出しながら、私は最近、疲れが翌日まで残るように感じた週には、迷わず千年灸を一つ、足のツボ(三里)に据えるようにしています。効果を大げさに語るつもりはありませんが、「今週は気が足りていない(元気が出ない)かもしれない」と自分の状態に名前をつけて向き合うこと自体に、落ち着きを取り戻す効果があるように感じています。
「補う」ことと「足るを知る」ことを重ねる実践
本の中に、補益、つまり不足しているものを補うという治療原則を説く章があります。これを読んでいて、お金についての不安の減らし方と重なるところがあると感じました。「お金は足りるのか」という慢性的な不安は、私にも覚えがあります。不足を恐れて際限なく増やそうとするのではなく、「今、本当に不足しているものは何か」を見極めてから、必要な分だけ補う。投資を続けてきた経験からも、資産を無理に増やし続けるより、生活に必要な分を見極めて、それ以上は追わないという姿勢のほうが、心は穏やかでいられると感じています。
東西の医学観を比べてみる実践
英国に住んでいると、ハーブや自然療法の伝統が、中医学とは違う理屈で似たような場所にたどり着いていることに気づかされます。西洋医学が主に病気の原因を特定して取り除くことに重きを置くのに対し、この本が描く中医学は、体全体のバランスを整えることに重きを置いています。どちらが正しいかを競う話ではなく、両方の物差しを持っていると、自分の体の状態をより多面的に眺められる、というのが、二つの文化の間で暮らしてきた私の実感です。
「今を生きる」ことを、五行の巡りから考える実践
木火土金水がお互いを生み出し合い、また抑え合いながら巡っていく様子を図にした一枚です。
五行学説では、木火土金水がお互いを生み出し、また抑え合いながら巡っていくとされています。これを読んで、幸せというのは何かに到達して止まった状態ではなく、この巡りのように、変化し続けることそのものではないかと思うようになりました。今日できることを今日のうちにやり、今日楽しめることを今日のうちに楽しむ。明日の自分の巡りは、今日とは少し違うはずだからです。
記録すること自体を、養生の一部にする実践
記憶力の衰えを感じる場面が増えましたが、この本のような図解の力を借りながら、自分の体調の変化をブログに書き残すこと自体が、私にとっての新しい養生になっています。体の状態を言葉にすることは、四診でいう「問診」を自分自身に対して行っているようなものだと、最近気づきました。
私はただ自分の記録を書いているだけですが、それが誰かの隣を静かに歩く時間になっていたら嬉しく思います。
陰陽のバランス、医食同源、証を読むこと、気血水を整えること、補うことと足るを知ること。どれも大げさな治療ではありませんが、66歳の今、体からの小さな手紙を読み落とさないための習慣として、大切にしていきたいと思っています。
今回ご紹介した本はこちらです。
周春才『まんが漢方入門―中医薬食理論がよくわかる』(医道の日本社)
(本サイトはAmazon.co.jpを宣伝しリンクすることによって紹介料を獲得できるAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です)
ほかにも、こんな本があります
よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。
著者・周春才について
1950〜60年代の北京と、伝統文化が現代の暮らしと重なり合う情景をイメージした一枚です。
周春才さんは1957年、北京生まれ。画家、フリー編集者、作家として活動しながら、易経・中国伝統医学・古典思想といった難解なテーマを、漫画という形式でわかりやすく伝える仕事を長く続けてきた人です。本書もその一冊で、日本語版は吉元昭治氏の監訳により2004年に医道の日本社から刊行されました。周さんが青年期を過ごした1950〜70年代の中国は、伝統文化と急速な近代化がせめぎ合う時代でした。そうした環境の中で、彼は西洋的な視点との比較を通じて中国文化を再解釈するという独自のスタイルを育て、その作品は海外でも翻訳されています。日本では1990年代から2000年代にかけて漢方・代替医療への関心が高まり、「まんがで学ぶ」形式の教養書が数多く出版された時期でもありました。本書はそうした流れの中で、専門用語の壁に阻まれがちな中医学の理論を、一般読者の手の届くところまで運んできてくれた一冊だと感じています。