🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)

この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。

霧に沈む1989年のロンドンと、荷札のないスーツケース

1989年10月末、ロンドンに降り立った日をイメージしたイラストです。骨まで染み込んでくるような湿った寒さと、灰色の毛布を何枚も重ねたような空。物語のすべては、この日から始まりました。

2025年、65歳になったのを機に、私は長年続けてきた仕事から引退しました。そして、英国で寿司ビジネスに携わった35年間の記憶を、一冊の小説シリーズにまとめました。それが『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻です。ペンネームは南晴人、日本語版・英語版ともに公開済みです。29歳で寿司経験ゼロのままロンドンへ渡り、見習いから寿司工場の工場長、コンサルタント、そして小さな寿司教室の運営まで。登場人物は架空の名前に置き換えていますが、実際に自分が経験したことをもとにした物語です。今日は、このシリーズがどんな内容なのかをご紹介します。

冬は日本、それ以外の季節は英国。そんな二拠点の暮らしを始めてみると、これまで走り続けてきた日々を、ようやく落ち着いて振り返る時間が生まれました。そして気づいたのです。私の記憶は、思っていたよりもずっと速く、輪郭を失いはじめている、と。

あの日、空港に降り立ったときの、骨まで染み込んでくるような湿った寒さ。厨房で怒鳴られながら、震える手で握った最初の一貫。深夜の工場で、一人きりで見回った生産ラインの匂い。このまま何もしなければ、それらはいずれ、誰にも語られないまま消えていきます。そう思い立って、このシリーズを書き上げました。

どんな物語なのか

主人公は、深沢亮という29歳の青年です。

医学部を5年生の途中で去り、和食の経験はまったくありません。包丁の握り方も知らないまま、1989年10月末、彼はロンドン行きの飛行機に乗り込みます。同行するのは、腕はあるが英語はさっぱりという3人の職人。「持ちつ持たれつだよ」と笑われながら、彼の異国での日々が始まります。

そこから35年。見習いから、寿司工場の工場長へ。工場長から、欧州・中東・アジアを飛び回るコンサルタントへ。そして最後は、妻と二人で営む小さな寿司教室へ。

日本食が珍しい東洋の食べ物でしかなかった時代から、スーパーマーケットの棚に当たり前のようにパック寿司が並ぶ時代まで。その変化のまっただ中を、私は当事者として走り抜けてきました。その35年を、一人の男の物語として書いたのが、このシリーズです。

巻一 霧の街の見習い(1989年〜1997年)

『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』巻一 霧の街の見習い

サッチャー政権末期の、重く沈んだロンドン。住宅ローンの金利は15パーセントを超え、街を歩く人々の顔には張りつめたものがありました。爆弾騒ぎで地下鉄から追い出されることが、日常のすぐ隣にあった時代でもあります。

ピカデリーの片隅にある日本食レストランの厨房に飛び込んだ深沢が、罵声と笑いにまみれながら職人になっていく8年間。やがて店は閉じ、彼は日系ショッピングセンターの開業とともに、新しい扉を開きます。

巻二 工場を築く(1997年〜1999年)

『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』巻二 工場を築く

母体企業の突然の倒産。宙に浮いた小さな寿司工場が、日本の商社との出会いによって、ロンドン西部の地で生まれ変わります。

目標は、一日1万パック。英国の大手スーパー4社を、たった一つの工場で同時に相手にする綱渡りの日々。深夜の電話に叩き起こされ続け、眠っている間に呼吸が止まっていたこともありました。仕事と家族のあいだで揺れながら、一人の見習いが工場を築く男になっていく、疾走の2年間です。

夜明け前の寿司工場、生産ラインの折箱

物語の中心となる寿司工場の、夜明け前の生産ラインをイメージしたイラストです。一日1万パック。誰もいない時間に一人で見回った、機械油と酢飯の匂いが混じり合ったあの空気を思い出しながら書きました。

巻三 世界を駆けた寿司伝道師(1999年〜2018年)

『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』巻三 世界を駆けた寿司伝道師

39歳。肉体的に独立できる最後の年齢かもしれない。そう考えて、深沢は独立します。

アイルランド、アイスランド、フランス、ドイツ、ベルギー、オーストリア、デンマーク、韓国、日本、そしてイスラエル。荷物を解ききらないまま過ごした、20年。言葉も食文化もばらばらな相手に、彼が武器にできたのは、現場で叩き上げたたった一つの技術だけでした。

ロワールのビストロの黒板に書かれた品書き、ブリュッセルの駅の立ち飲みの白ビール、エルサレムの乾いた空気。そして、かつて自分が築いた工場が、いくつもの企業の手を経て、最後に日本の外食大手の傘下に入るという、壮大な里帰りを見届けることになります。

巻四 教える人、伝える心(2005年〜2026年)

『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』巻四 教える人、伝える心

世界が動きを止めたあの数年間。30年以上飛び回り続けてきた私は、初めて長く一つの場所に腰を据えることになりました。

画面越しの遠隔指導をじっと見ていた妻が、静かに切り出した一言。それが、二人で寿司教室を営むという、人生の新しい章の始まりでした。

産油国の王子のクルーザーで働く英国人料理長。豪華客船で世界を巡る北欧人の夫婦。庭園でのもてなしのために習いに来た、貴族お抱えの料理人。そして、英国議会の名だけが記された真っ赤な名刺を差し出した紳士。小さなキッチンに、35年分の記憶のすべてが注ぎ込まれていきます。

なぜ小説という形にしたのか

正直に申し上げると、当初は自分史のようなものを考えていました。

けれども書き始めてすぐに、それでは書けないことがあると気づきました。当時お世話になった方、迷惑をかけてしまった方、そして今も現役で働いている方々。実名で書けば、その方々の人生に、私の記憶を勝手に持ち込むことになってしまいます。

そこで、登場する個人名はすべて架空のものに置き換えました。企業名も、実在するものを含めてすべて別の名前にしています。会話や細かなエピソードにも、物語としての読みやすさを優先して手を入れた部分があります。

一方で、出来事の大きな流れと、時代の空気だけは、自分の記憶に忠実であろうと努めました。あのとき本当にそういう空気だったのか、本当にあの数字だったのか。何度も何度も、自分の記憶を疑いながら書き直しました。

つまりこれは、事実ではなく、本当のことを書いた本です。

時代そのものも、読みどころです

1980年代のロンドンから、現代のロンドンへ

35年で英国という国がどれほど姿を変えたかを、一枚に重ねてみたイラストです。左が渡英した頃のロンドン、右が今のロンドン。同じ街とは思えないほどの変化がありました。

このシリーズを書きながら、私自身があらためて驚いたのは、35年という歳月に、英国という国がどれほど大きく姿を変えたかということでした。

サッチャー政権の終焉、その後に訪れた浮かれたような明るさ、世紀の変わり目に川辺へ現れた巨大な観覧車、単一通貨の熱狂を横目にポンドを守り続けた島国の選択。そして欧州連合からの離脱と、世界が静止したあの数年間。

そのすべてが、寿司という一つの食べ物が英国に根づいていく過程と、分かちがたく絡み合っています。日本食が広がっていく物語は、そのまま、この国が変わっていく物語でもあったのです。

日本の側から見ると、この35年はちょうど、経済の勢いが失われていった時期と重なります。国としての存在感が薄れていく一方で、日本の食べ物だけは、着実に世界の食卓へ入り込んでいった。国力と食文化の広がりは、どうやら別の理屈で動くらしい。その不思議さは、私がこの35年でいちばん強く感じたことの一つでした。

執筆の裏話 ― 生成人工知能と二人三脚で書きました

もう一つ、正直に書いておきたいことがあります。

私が生成人工知能に触れ始めたのは2026年になってからで、この原稿は、対話型の人工知能と二人三脚で書き上げました。

私が箇条書きで記憶を書きなぐり、それが物語の形に膨らんで返ってくる。出てきた文章を読んで、あのときの雲はもっと重かった、この工場の匂いはこうではない、と直していく。その往復を、何十回、何百回と繰り返しました。

集中力や記憶力の衰えは、この年齢になると、正直なところ切実な問題です。ひとりだったら、この4巻を書き上げることはできなかったと思います。

人工知能に書いてもらった本だと言われれば、そうかもしれません。ですが私の実感としては、忘れかけていた記憶を、根気強く一緒に掘り起こしてくれる相棒がいた、という感覚に近いのです。同じ年代の方で、書き残したいものがあるという方には、ぜひ一度試してみてほしいと思っています。

記憶は薄れていきます。けれども、書くという行為があるかぎり、人生を編集し続けることはできる。4巻を書き終えた今、私がいちばん確かに感じているのは、そのことです。

こんな方に読んでいただけたら

  • 海外で働くこと、暮らすことに関心のある方
  • 日本食が世界に広がっていった過程を、現場の視点から知りたい方
  • 1990年代以降の英国社会の変化に興味のある方
  • 中年以降の仕事の転換について考えている方
  • そして、何も持たずに異国へ飛び込んだ誰かの話を、単純に面白がってくださる方

決して立派な成功譚ではありません。失敗も、恥ずかしい思い違いも、いま思い出しても顔が熱くなるような場面も、そのまま書きました。どうか、笑いながら読んでいただければ幸いです。

同じように、どこかで何かに踏み出そうか迷っている方が、この4冊のどこかで「ああ、こういう人もいたのか」と思ってくださったなら。それだけで、書いた甲斐があったと思えます。

おわりに

木の机の上の、パスポートと出刃包丁と紅茶

1989年、成田で初めて手にしたパスポートをイメージしたイラストです。まっさらな査証欄が、白紙の履歴書のように見えました。あの空白が、35年かけて4冊の本になりました。

1989年10月末、成田空港で、私は生まれて初めてパスポートを手にしました。まっさらな査証欄が、白紙の履歴書のように見えたことを、今でも覚えています。

あのとき、まさか35年後に、その白紙が4冊の本になるとは思ってもいませんでした。

もしこのシリーズが、どこかで何かに飛び込もうとしている誰かの背中を、ほんの少しでも押すことができたなら。それ以上に嬉しいことはありません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回ご紹介した本はこちらです

『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』(南晴人 著)は、全4巻とも販売中です。どの巻から読み始めていただいても、物語として成立するように書いてあります。

シリーズ全4巻をまとめて見る

英語版 Sushi Business in Britain も、同じく全4巻公開しています。

Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

異国での暮らしの中で感じた心の動きを、俳句のことばで見つめ直した一冊です。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

こちらも、記憶や記録を書き残しておくことの大切さを実感した体験を綴った一冊です。

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