🎧 対談で聴く(二人が語り合う、この記事の感想・解説)
この音声は、本文の内容をもとにGoogle NotebookLM(Gemini)が生成したAI音声解説です。二人のキャスターが感想や解説を交えて語り合う対談形式の音声で、本文をそのまま読み上げるものではありません。

Photo by Javier Gómez on Unsplash
曲との出会い
竹内まりやさんの「人生の扉」を初めて意識して聴いたのは、恥ずかしながらつい最近のことです。この曲が発表されたのは2007年、竹内さんご自身が50代を迎えられた頃だったと知り、あらためて興味深く感じました。もし20代の私がこの曲を聴いていたら、きっと歌詞の半分も理解できなかっただろうと思います。歌の中で竹内さんは、20代から80代、さらにその先の年代までを、それぞれの立場に立って語りかけるように歌っています。どの年代にも、その年代なりの良さがある。その発想自体、当時の私には持てないものでした。
20代の頃には持てなかった発想
あの頃の私は、医師になる道からは離れ、これからどう生きていくのか、答えの出ないまま焦りだけを感じていました。年齢を重ねることは、選択肢が一つずつ狭まっていくことのように思えていたのです。今の年齢を積み重ねる先に何があるのか、想像する余裕すらありませんでした。
生命をめぐる小さな問い
仏教でいう「生老病死」のうち、20代の頃の私が最も遠ざけていたのは「死」という一文字だったように思います。若さの中では、自分がいつか必ずいなくなるということは、頭ではわかっていても実感を伴わない事実でした。ところが66歳になった今、桜や紅葉を目にするたびに、この景色をあと何回見られるだろうかと、以前にはなかった感慨を覚えるようになりました。不思議なことに、それは寂しさというより、一つひとつの季節を、以前よりずっと丁寧に味わえるようになったという感覚に近いものです。死を遠ざけず、むしろ意識の片隅に置いておくことが、かえって「今」を大切にする力になる——そのことを、この歳になって初めて実感として理解しました。
66歳の今、聴こえてくるもの
日本食ビジネスを世界各地で立ち上げ、鍼灸や漢方の道にも進み、不動産や株式への投資も経験し、2025年、65歳でリタイアしました。健康寿命をどう伸ばすかは、今の私にとって毎日の実践課題です。特効薬のようなものはなく、睡眠・食事・体を動かすこと、そして気の持ちようだという実感があります。投資についても、若い頃から完璧な知識を持っていたわけではなく、少しずつ学びながら実践してきたことが、結果的に今の安心につながっています。
英国と日本を行き来する暮らしの中で、季節との向き合い方の違いにも気づかされます。日本では、桜や紅葉といった一瞬の移ろいを惜しみながら眺める文化が根づいている一方、英国では、庭のバラや野菜を何ヶ月もかけて育てながら、季節をゆっくりと「作り出す」ような向き合い方をする人が多いように感じます。眺めて味わう文化と、手を動かしながら味わう文化。どちらも、限りある時間を惜しむ気持ちから生まれた知恵のように思えます。
60代に入ってからは、以前より視力や聴力の低下を日常的に自覚する場面が増えました。若い頃の自分と今の自分とのギャップに、ふと戸惑うこともあります。それでも、こうした変化を隠すのではなく、こうして言葉にしておくことに意味があると感じています。対話がなくても、「同じ景色を見ている人がいる」と感じてもらえるなら、それは十分な繋がりだと私は考えています。
この曲についてもう一つ興味深いのは、竹内さんご自身が50代の時点で、まだ経験していない60代、70代、80代までを歌に込めたという事実です。ポール・マッカートニーが十代で老いを想像した曲とは違い、こちらは人生の中盤に立つ人が、その先の年代にまで想像力を伸ばして歌った作品です。若さだけでなく、人生のどの地点に立っていても、まだ見ぬ未来を思いやる想像力は働くのだ——そのことを、この曲は静かに証明しているように思います。
むすびに
人生には意味がないと感じる瞬間があったとしても、それでも生きる価値はある。竹内さんがこの曲に込めたメッセージは、この「人生を歌う」シリーズを通して私が綴ってきたことと、静かに重なっています。「人生の扉」を聴くたびに、私はそのことを思い出させてもらっています。
参考リンク
歌詞を読む(歌ネット):https://www.uta-net.com/song/53041/※歌詞は外部の歌詞データベースサイトでお楽しみください。
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竹内まりやさんについて(プロフィール・経歴)
竹内まりやさんは、1955年3月20日、島根県出雲市生まれ。1978年、23歳で歌手デビューを果たしました。当初はアイドル路線での売り出しに本人が違和感を覚えていたそうですが、1979年発表の3枚目のシングル「September」で日本レコード大賞新人賞を受賞し、実力派シンガーソングライターとしての地歩を固めていきます。1981年に音楽活動の休止を宣言し、翌1982年、かねてより親交のあったミュージシャンの山下達郎さんと結婚。1984年、Moonレーベル移籍後初のアルバム『VARIETY』で活動を再開しました。このアルバムは全曲を竹内さんが作詞・作曲し、山下達郎さんがプロデュース・アレンジを手がけた初めての作品で、オリコン週間アルバムランキング1位を獲得しています。竹内さんは自らを「シンガーソング・専業主婦」と称し、結婚後は子育てをしながら数年おきにアルバムを発表するというペースを守り続けてきました。ライブ活動は非常に限られているにもかかわらず、ベストアルバムが350万枚を超えるセールスを記録するなど、幅広い世代から根強い支持を集めています。2007年に発表された「人生の扉」は、竹内さん自身が50代を迎えた実感を込めた楽曲として、世代を超えて歌い継がれる代表曲の一つとなっています。