外山滋比古『90歳の人間力』をきっかけに、66歳の私が実際に試してみたことをまとめました。書店でこの本を手に取ったとき、まず目に留まったのは「キズのあるリンゴ」の話でした。青森の朝市で、傷のあるリンゴを売っていたおばあさんが「キズのあるリンゴの方が甘いんですよね」と言う場面から本は始まります。英文学者として長く大学で教鞭を執り、九十歳前後になってなお筆を執り続けた著者が、失敗や老い、我慢や欲との付き合い方について、短い言葉で綴った一冊です。

傷のあるリンゴと、木箱に並んだ果実のイラスト

このイラストは、傷を負ったリンゴがかえって甘みを増すという本のエピソードをイメージして作成しました。

傷のあるリンゴに学ぶ実践

冒頭の逸話に、著者はこう書いています。

キズのついたリンゴ。無キズのリンゴよりうまくなるのである。 ――外山滋比古『90歳の人間力』(幻冬舎新書)

傷を受けたリンゴは、それをかばおうとして糖度を上げる、という話です。これを読んで思い出したのは、65歳で長年の仕事を退いたときのことです。日本食ビジネスも、鍼灸のクリニックも、それなりに形になったところでの引退でしたから、傷というほどの傷ではないのかもしれません。それでも、慣れ親しんだ肩書きを手放すというのは、思っていた以上に心もとないものでした。今は、その心もとなさを「悪いこと」として片づけず、なにか新しいものを引き出すための負荷なのだと捉え直すようにしています。今取り組んでいるブログの書き方を見直す作業も、振り返ればこの「傷を糖に変える」発想に近いのかもしれません。

風邪という信号に耳を澄ませる実践

本の中で特に印象に残ったのは、幼なじみのタケシとヒロシの話です。丈夫で学校を休んだことのないタケシと、風邪ばかりひくヒロシ。健康を自慢していたタケシは思いがけない病気で還暦を待たずに亡くなり、風邪をひきがちだったヒロシの方が長生きをした、という逸話です。著者はこう書いています。

ちょうど信号の多い道路を走るクルマのようで、スピードを出すこともできない。 ――同書より

風邪という小さな不調が、かえってブレーキの役目を果たしていた、という見立てです。この話は、諸行無常という仏教の言葉をふと思い出させました。健康であることも、順調であることも、永遠に続く保証はどこにもない。そう考えると、体の小さな信号を無視しないことの意味が違って見えてきます。私は鍼灸を学んだ経験から、東洋医学でいう「未病」、つまり病気になる手前の小さな乱れを整えるという考え方に馴染みがありますが、この本の信号のたとえは、それと驚くほど近いものでした。余談ですが、英国では多少の風邪では滅多に病院に行かない文化がある一方、日本では検査数値を頼りに早め早めに対処する文化があります。どちらが正しいというより、体の声を「数字」で聞くか「感覚」で聞くかの違いなのだろうと、二拠点の生活の中で感じています。

大いに泣いて、大いに笑う実践

ストレスと病気の関係を論じた章で、著者はこう述べています。

泣いたり、笑ったりするのがストレス解消に有効であるらしいことは見当がつく。 ――同書より

数字で管理できないものを、我慢せずに出してしまうことの大切さです。私にとっての「泣いたり笑ったり」にあたるのは、庭仕事の時間です。高床式の菜園で育てているアスパラガスは、植えてから収穫できるまでに数年かかります。毎年少しずつ芽が伸びるのを見に行くだけの、なんでもない時間ですが、結果を急がずに待つこと自体が、知らず知らずのうちに小さな解放になっているように感じます。感情も同じで、すぐに片づけようとせず、まずは出してしまう。それだけで十分な効用があるのだと、この本を読んであらためて思いました。

道を歩いた跡が道になる、という実践

老後の生き方に関する章で、こんな一節に出会いました。

道を歩かぬ人、歩いたあとが道になる人 ――同書より

「わが道を往く」という映画の話から始まる一節で、勝手気ままに歩くことと、自分の足で歩いた結果として道ができることとは違う、という指摘です。私自身、日本食ビジネスから鍼灸クリニック、投資、そして今のブログへと、そのつど「わが道」を選んできたつもりでいましたが、振り返ってみると、あらかじめ決めていた道ではなく、歩いたあとにようやく道の形が見えてきた、というのが実感に近いです。お金の心配についても同じことが言えるように思います。将来の数字そのものを心配するより、心配という感情そのものを小さくしていく方が、結局は歩き続ける力になる、というのが投資を長く続けてきての実感です。英国と日本、二つの市場を見比べてきた経験も、正解の道を探すというより、歩きながら道を見つける作業の連続でした。

野原に伸びる小道と、消えていく足あとのイラスト

このイラストは、「道を歩かぬ人、歩いたあとが道になる人」という一節から、自分の足で歩いた跡が道になっていく様子をイメージして作成しました。

書き残すことそのものの実践

自分を映す鏡について書かれた章に、こんな一文がありました。

たいていの人間は、そのことを深く考えないで一生を終える。 ――同書より

自分の姿は、鏡がなければ見えない。文学や他者の言葉が、その「合わせ鏡」の役目を果たす、という話です。66歳になり、固有名詞がすぐに出てこないことが増えました。これも一種の「見えないもの」です。だからこそ、こうしてブログに記録を残すことが、私にとってのもうひとつの鏡になっているように思います。返信やコメントがなくても構いません。反応をもらうことを目的とせず、ただそこに記録があること自体が、誰かにとっての小さな灯りになればと思っています。

90歳の人間力から見えてくること

傷を力に変え、体の信号に耳を澄ませ、感情を出し惜しみせず、歩いた跡に道を作り、書くことで自分を映す。どれも特別なことではありませんが、九十歳になってなお現役で書き続けた著者の言葉だからこそ、重みを感じます。今回あらためて思ったのは、若い頃の生き方が「一人で頑張る競技」だったとすれば、この年になってからの生き方は「チーム戦」に近いということです。家族、庭の作物、猫のメグ、そして読んでくださる方々。ひとりで道を切り拓く力だけでなく、まわりの存在に支えられながら歩く力もまた、人間力のひとつなのだと感じています。

今回ご紹介した本はこちらです。

外山滋比古『90歳の人間力』(幻冬舎新書)

本文中で触れた本もあわせて挙げておきます。

外山滋比古『思考の整理学』(ちくま文庫)

(Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。)

ほかにも、こんな本があります

よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』(村井弘 著)

短い言葉の中に長い時間を凝縮させる姿勢は、俳句の言葉と聖書の光を行き来しながら書かれた本作にも通じるものがあります。これは私の義父の遺作です。

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『白内障手術体験記 ― 英国在住者が大阪で自費手術を受ける』(南晴人 著)

書き残すことがもうひとつの鏡になる――白内障手術という出来事を、率直な言葉で記録した体験記です。

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『英国寿司ビジネス奮闘記(小説版)』全4巻(南晴人 著)

29歳でロンドンへ渡り、寿司ひとすじに35年。見習いから工場長、そして寿司教室までを描いた小説シリーズです。

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著者について

本に囲まれた書斎の机と、灯りのイラスト

このイラストは、戦中・戦後の激動の時代を経て、生涯にわたり書斎で思索を続けた著者の姿をイメージして作成しました。

外山滋比古さんは1923年、愛知県に生まれました。旧制中学在学中に太平洋戦争が始まり、東京高等師範学校を経て1947年に東京文理科大学英文科を卒業しています。戦中から戦後の混乱期を学生として過ごした世代であり、価値観が根底から入れ替わる時代を若くして経験したことが、既存の枠組みを疑い、自分の頭で考えることを重んじる姿勢につながったのではないかと思います。卒業後は雑誌『英語青年』の編集長を12年間務め、その後、東京教育大学助教授、お茶の水女子大学教授を歴任、1989年に同大学名誉教授となりました。英文学者としての研究にとどまらず、日本語論や思考法についても数多くの著作を残し、なかでも1983年刊行の『思考の整理学』は「東大・京大で一番読まれた本」として知られ、四十年以上にわたり読み継がれています。本書『90歳の人間力』のもとになった『リンゴも人生もキズがあるほど甘くなる』は、著者が九十歳前後で刊行したものです。生涯にわたって「知的な老い方」を実践し続けた人でもあり、2020年、96歳で亡くなるまで文章を書く手を止めることはありませんでした。大正・昭和・平成・令和という四つの時代を生きた一人の書き手が、老いをどう捉えていたかという記録として読むと、この本はまた違った重みを持ってきます。