対応:2026年9月号<第一部>④
出典:話し手:北野幸伯氏、司会:(回により異なるため「司会」と表記)、出典:ダイレクト出版「パワーゲーム」 元対談:2026年9月号<第一部>世界情勢"ウラ読み"「④「日本化」するイギリス」(1日配信)
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早朝のウェストミンスター宮殿。イギリス政治の舞台は変わらずそこにあるのに、そこに座る人だけが目まぐるしく入れ替わっている――今回の話の出発点になった光景です。(写真: Linda Gerbec / Unsplash)
「日本化するイギリス」は、皮肉だった
「日本化する」と聞いて、礼儀正しさや清潔さをイメージしたのは私の思い込みでした。実際の意味は逆で、首相が毎年のように交代する国という皮肉です。今年4月22日、労働党のアンディ・バーナム氏が新首相に就任しましたが、国内外でほとんど話題にならなかったといいます。かつて「日本の首相の名前は覚えなくていい」と揶揄されていたのと、同じ空気がいまイギリスを覆っています。
バーナム氏は1970年生まれ、14歳で労働党に入党した生粋の党人で、2001年に下院議員に初当選。文化・メディア・スポーツ大臣、保健大臣を経て、2017年からグレーター・マンチェスター市長を9年務め、2026年6月に下院へ復帰後わずか1ヶ月で党首、4月22日に首相という異例の速さで頂点に立ちました。2020年代のイギリス首相はこれで5人目(ジョンソン、トラス、スナク、スターマー、バーナム)。日本の安倍・菅・岸田・石破・高市の5人と、回転の速さは奇妙なほど似ています。
ただし、同じ「頻繁な交代」でも、外国の記憶に残る首相と残らない首相がいます。中曽根・小泉・安倍のように比較的長く務めた首相は各国首脳との個人的信頼を築けましたが、スターマー氏の頃には、フランスやドイツの首脳に追従するだけの存在感の薄さが指摘されていました。
なぜそうなったのか、私なりに考えてみました。理由は一つではないと思いますが、大きいのは、頻繁な交代そのものが「この人と結んだ約束は、次の首相になったらどうなるかわからない」という不信を諸外国に生んでしまうことではないでしょうか。というのも、他国の首脳からすれば、短命な首相との間で骨の折れる交渉をまとめても、数ヶ月後には相手が代わってしまうかもしれない。それなら、比較的政権基盤の安定しているフランスやドイツの方針に合わせておいた方が、外交として効率的だという計算が働くはずだからです。
もう一つは、国内の政局そのものに手一杯で、対外的に主導権を握る余力が残っていなかったという事情もあるでしょう。右派政党の急伸に対応し、支持率の急落を食い止めることに政治的なエネルギーの大半を割かれてしまえば、独自の外交方針を打ち出し、それを押し通すだけの体力は残りません。加えて、ブレグジット以降のイギリスは、EUという既存の調整の場からも外れており、以前のように欧州の議論をリードする立場そのものを失っていました。存在感の薄さは、首相個人の力量の問題というより、こうした複数の要因が重なった結果なのだと思います。

モノクロの卓上地球儀。政権が変わるたびに、各国との関係づくりもまたゼロからやり直しになる――そんな「積み上がらなさ」を象徴させて選びました。(写真: Krzysztof Hepner / Unsplash)
支持は右派へ ― 政策と外交の揺れ
スターマー政権崩壊の最大要因は右派「リフォームUK」の急伸です。4月の世論調査で支持率26%と首位に立ち、5月の統一地方選挙でも労働党から1,496議席を奪う大勝を収めました。背景にはウクライナ戦争によるエネルギー価格高騰とインフレ、財政圧迫があり、「まず自国民を」という不満が、フランスの国民連合やドイツのAfD同様に支持を押し上げています。日本の参政党の躍進と高市政権誕生にも通じる構図です。
バーナム政権は地方分権、水道・エネルギーの公的関与強化、公営住宅建設、所得税課税ラインの引き上げ、富裕税導入の検討といった積極財政・社会主義寄りの政策を掲げる一方、移民抑制は明言せざるを得ない状況です。外交では、2015年のAIIB加盟(対米裏切り)、2020年の香港国家安全維持法後の対中不信、2025年のトランプ政権再登場後の対米摩擦と、アメリカと中国の間で振り子のように揺れ続けてきた経緯を引き継ぎます。日本とは、自由や民主主義を共有する「ミドルパワー」として、当面大きな変化はなさそうです。
日本とイギリス、なぜ首相は頻繁に代わるのか ― 共通点と相違点
対談を聞きながら、日英の「首相の短命化」には、共通点と同じくらいはっきりした相違点があると感じました。
共通点は、まず政治制度そのものにあります。日本もイギリスも議院内閣制であり、首相は国民の直接選挙ではなく、与党内の党首選びによって決まります。つまり、有権者の審判を仰がなくても、党内の支持を失うだけで首相は交代できてしまう。アメリカやフランスのような大統領制であれば、任期途中でどれほど不人気になっても、基本的には任期満了まで職に留まります。議院内閣制のこの仕組みが、両国の「回転の速さ」の土台になっているのだと思います。さらに、物価高と将来不安を背景に「自国民を優先せよ」という右派・ポピュリズム勢力が台頭し、既存の与党第一党を追い詰めている構図も共通です(イギリスのリフォームUK、日本の参政党)。
一方で、相違点も見逃せません。イギリスの首相交代は、ここ数年の危機(ブレグジット後の混乱、コロナ禍、ウクライナ戦争によるインフレ)が引き金になった、比較的新しい現象です。サッチャー氏やブレア氏のように十年前後続いた政権も、つい最近まで珍しくありませんでした。対して日本の場合は、自民党が長期にわたり単独ないし連立で政権を握り続ける「一党優位」の構造そのものが、党内派閥の力学によって首相を頻繁に入れ替えてきた、より構造的・慢性的な現象です。野党が政権を奪うのではなく、与党内で看板だけが掛け替わる点は共通していますが、その動機が「危機対応としての交代」なのか「党内権力闘争としての慣行」なのかという点で、両国は性質を異にしているように思います。
66歳の私が考えたこと ― 信頼という「複利」
この対談を聞きながら、私は自分自身の35年間を思い出していました。1989年にロンドンの日本料理店で働き始めてから、コリンデールのスーパーマーケット、アクトンの食品工場、そして自分の会社を興すまで、どの段階でも、信頼できる取引先や仲間ができるまでには何年もかかりました。一度や二度会っただけでは、誰も本音では動いてくれません。何年も同じ相手と付き合い続けて、ようやく「この人になら任せられる」という関係ができあがる。それは、不動産投資や株式投資で実感してきたこととも重なります。頻繁に銘柄を乗り換える人より、時間のかかる複利をじっと待てる人のほうが、最終的に大きな成果を手にすることが多いものです。
イギリスの首相交代の速さは、まさにこの「複利が発生する前に、毎回関係をリセットしてしまう」状態なのだと思います。相手国の指導者と何度も顔を合わせ、細かい駆け引き抜きで本題に入れるようになるまでには、やはり一定の年月が要るのでしょう。これは政治だけの話ではありません。夫婦関係でも、長年の友人関係でも、そして老後のお金の管理を任せる相手との関係でも、同じことが言えるはずです。頻繁に組み替えるより、多少の不満があっても一つの関係を育て続けるほうが、最終的には大きな安心につながる――66歳になった今、そう感じています。

何十年もかけて育った古いオークの木。信頼も資産も、短期間では育たず、時間をかけた分だけ大きく育つものだと感じさせてくれます。(写真: David J. Boozer / Unsplash)
むすび
「日本化するイギリス」という言葉は、本来なら礼儀正しさや清潔さを指すはずの表現が、皮肉にも短命政権の代名詞として使われていました。けれど、日本にも安倍氏のように長く続いた政権があったように、イギリスにも変化の兆しがないとは限りません。老後を生きる私たちにとって大切なのは、世界のニュースの慌ただしさに振り回されすぎず、自分自身の身の回りの関係――家族、友人、お金の運用先――を、じっくり時間をかけて育てていく視点を持ち続けることなのだと思います。
ほかにも、こんな本があります
よろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。
『東から西へ ― 俳句のこころ、聖書のひかり ―』
頻繁な入れ替わりよりも、一つの関係をじっくり育てる大切さを考えたあとで、静かな言葉に立ち返りたくなったときに開いている一冊です。これは私の義父の遺作です。
Amazonで見る出典について
本記事は、ダイレクト出版が運営するサブスクリプション「パワーゲーム」内で配信された対談(有料コンテンツ、司会:北野幸伯さん)を私が購入し、そこから触発されて書いた個人的な感想・考察です。番組内容そのものの転載ではなく、あくまで私自身の視点でまとめたものである点、ご了承ください。
北野幸伯(きたの よしのり)さんについて 国際関係アナリスト。ロシア・シベリア国立大学国際関係学部を卒業後、メールマガジン「ロシア政治経済ジャーナル」を主宰し、国際情勢の分析を続けている。 ホームページ:rpejournal.com
『[新版]日本の地政学 (扶桑社BOOKS) 北野 幸伯 (著)』 キンドル版はこちら 単行本はこちら
(Amazonのアソシエイトとして、60歳からの冒険は適格販売により収入を得ています。)
北野さんが講師を務める「パワーゲーム」講座の詳細はこちらです。
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